瞳を閉じれば蘇るのは少しばかり前の記憶。
 降り続ける雨。悔しげな表情。頬を伝った涙。
 それは──7月のあの日。兄として俺を育て導いてくれたアーサーを裏切った日の、記憶。
 あぁ、まだ瞼の裏では雨が降っている。



 アーサー・カークランド。
 それが彼の名前だ。出会ってからこの方、俺が大切に思っている人。
 アーサーを裏切ったのは、独立したのは、何も嫌いになったからじゃない。理由はあの日言った通りだ。それに俺は、本当の意味でアーサーを嫌いになれることはないと思う。
 口では散々言っているけど、いつだって大切に思っているんだ。家族の温もりも、誰かを想うことも、教えてくれたのは全部アーサーだからね。切り離そうとしたって、忘れ去ろうとしたって、この体に完全に浸透してしまったものは抜けてくれそうにもない。
 折角離れたっていうのに、俺の周りには常にアーサーの影が付き纏っている。それが愛されて慈しまれていた証だと思うと頬が緩む。だれど、アーサーがそうしていたのは「弟」の俺。一人の男としての俺じゃあ、ない。
 幼い頃は簡単に愛を囁けた。アーサーだって応えてくれた。でもそれは家族としての、兄弟としての愛情で。少し大人になってからは、そう簡単には想いを告げられなくなった。
 酷く傷付けるようなことも言ったと思う。でもアーサーが俺を見限らなかったのは、俺が大切な弟だから。
 ねぇ、君は知っているのかな、アーサー。俺はずっと君の「弟」って立場から逃げ出したかったんだぞ。弟でいれば君はいつでも無償の愛を俺に注いでくれる。だけど俺が欲しいのはそんな愛じゃないんだ。
 ねぇ、分かるかい、アーサー。ちゃんと認めてくれよ、俺を。一人前の男だって、一人前の国だって。そうしなきゃいつまで経っても俺はこの想いを伝えられないじゃないか。
 アーサーを裏切ったのは、独立したのは、何も嫌いになったからじゃない。理由はあの日言った通りだ。言ってない理由も、勿論あるけど。
 アーサー。アーサー。君はいつだって俺の一番大切な人なんだよ。



 瞳を閉じれば蘇るのは少しばかり前の記憶。
 降り続ける雨。悔しげな表情。頬を伝った涙。
 それは──7月のあの日。兄として俺を育て導いてくれたアーサーを裏切った日の、記憶。
 あぁ、君はまだ涙しているのだろうか。






ちょっとだけさよなら
(そして一人前の男になって、大好きな君を迎えにいくよ)






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