「買い物に行くから付き合ってくれよ、アーサー!」
そんな戯けたことを言いながら部屋に飛び込んできたアルフレッドに、俺は間髪を入れず側にあったクッションを投げ付けた。アルフレッドはそれを簡単に避けて、何するんだいいきなり!なんて言ってやがる。訳もなくムカつく。
今日はアメリカであった会議の後、のんびり疲れを癒そうと思って取った休日だ。何でそれをこいつに潰されなきゃいけないんだ、俺は。アルフレッドに付き合ったら疲れなんて取れる筈がない。
しかもアルフレッドにしては珍しく、時間はまだ10時だ。この状況から見るに、多分日が暮れるまで連れ回されるんだろう。全くもって冗談じゃない。
「誰が行くか!
というかどうやって入ってきたお前!」
「マスターキー使ったに決まってるじゃないか。何たって俺はヒ」
「黙ればかぁっ」
マスターキーを得意げに掲げるアルフレッドに、俺は渾身の力でクッションを投げ付けた。やっぱり簡単に避けられる。クソ。
何でアルフレッドにマスターキーを渡すんだ、このホテルのセキュリティ管理はどうなってる。まさか脅して出させたんじゃないだろうな。そんなことしたら問題になるぞ。
あぁでも自国なら意外とどうにかなったりするものか。アルフレッドにそういう手腕があるとは、どうにも思えないのだけれど。
「君が悪いんだぞ。内線で電話入れたのに出ないんだから」
くたばってるのかと思ったじゃないか、Booooと唇を尖らせながらアルフレッドがぼやく。
内線? あぁ、内線な。
俺はちらりとベッドサイドに視線を向ける。そこには備え付けの電話が鎮座していた。だがそれはこれまでに一回も鳴っていない。
何故なら。
「あー…線抜いといたからな」
「君こそ何やってるんだよ?!」
アルフレッドに信じられないという目で見られるが、無視。
だって嫌じゃないか、折角の休日を無粋な電話で中断させられたりしたら。本当に緊急の時は妖精たちが教えてくれるから、別に支障はない。ちゃんと帰る前に繋いでおくつもりだったし。悪いことはしてないぞ…多分。
とにかく誰にも邪魔されたくなかったんだ、それをこいつは。こいつは、こうも見事にぶち壊してくれやがって。いい加減にしろ馬鹿。
もう大人なんだぞ!とか言うなら周りに迷惑掛けるんじゃない。この前の株の大暴落だって発信源はここ、アメリカだ。アルフレッドも苦しそうだったけど、俺たちだって相当苦しかった。未だにちょっと風邪気味な気がするくらいには。
「あー、もう!
とにかくこんな部屋に引き籠もってないで買い物に行くんだぞ!」
ずんずん近付いてきたアルフレッドに腕を掴まれて、無理矢理立たされる。そんな体勢でなかった俺はバランスを崩してアルフレッドの方に倒れ込んでしまう。いきなり何すんだ、本当に、この馬鹿は。
そう思ったところですっと差し出される、腕。慌てた風もなく俺を支えたそれは、実にしっかりとしていた。自分にはない体格とかそういうものに、酷く嫉妬を覚える。全盛期だって俺はこんなに逞しくなかった。民族の系統が違うからと言われればそれまでだが、それにしたって、なぁ。
ぎすぎす骨っぽい指とか腕は余り好きになれない。ある程度しっかりした体格になりたいと思うじゃないか、普通は。背だって、昔はこれくらいでかなり長身の部類だったのに。悔しい、元弟に色々な部分をあっさり抜かされてしまったのが悔しい。でもそれは同時に少しだけ嬉しくて。
相反する気持ちに俺はたまに戸惑ってどうしたらいいのか分からなくなる。喧嘩してぐるぐる悩んで結局出た答えは、アルフレッドを愛してる、ってことだったんだが。本当にそうなんだろうか、何か不安になってきた。付き合い始めてからも別に恋人らしいこととか、してないし。お互いの家でのんびりしたりとか、こうやって無理矢理連れ出されたりとか。本当にそれくらいで。
「ぐずぐずしてると折角立てた予定が台無しじゃないか」
ぼそり呟かれた言葉に俺は目を丸くする。あれ、こいつって計画とか立てるタイプ、だったっけ。
どうせ買い物して、昼飯食って、時間があったら映画見たりして、お茶して、ってするだけじゃないか。違いがあるとすればたまに俺の意見が採用されるくらいで。俺がこっちいる時は大体お茶したくらいで飛行機の時間になるから、大したことは出来ない。だから大抵、予定なんて立てずにその場の気分で動いている。
そうだとばかり、思っていた、けど。違うんだろうか。毎回こいつなりに計画して、た?
「ほら、早く用意してくれよ!」
「あーもう、分かったからそうせっつくなって」
駄々を捏ねる子供に返すように言いながら、俺は出掛ける準備を始める。相手の行動に振り回されるばっかりの外出は好きじゃない。けどその相手がアルフレッドで、更に本人はこっちのことも考えているつもりだったなら。そう悪い気は、しなかった。だから今日も俺は自分勝手な恋人に振り回されに連れ出される。
ぼそりと口の中で呟いた言葉は、面と向かっては当分言ってやらないことにした。
お気に召すままに
(お前と一緒なら何だって楽しいんだ、本当は)
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