とある会議が終わった後の、貸し切りのパーティー会場。
晩餐会が始まってかれこれ3時間程経つが、会場の一角のテーブルは非常にカオスなことになっていた。
片やルートヴィッヒとギルベルト。
片やアーサーと菊。
普段ならギルベルトとアーサーが啀み合いを始めるだけなのだが、今回はそれとは全く状況が違った。
「アーサーさん…」
「ヴェストー」
取り敢えず、弱い二人が酔った。
和やかに話ながらであったからなのか、いつもより早いペースで杯を空けていたのだ。
いつもなら自分の弱さを知っているからセーブするというのに。
ルートヴィッヒとアーサーが気付いた時には既に遅かった。
そして現在、酔った二人はそれぞれの恋人に撓垂れかかっていた。
普段は絶対にしてなどくれない甘え方に、ルートヴィッヒもアーサーも相好を崩して──いない。
「菊の方が絶対可愛い」
「菊が可愛いのは認めるが、兄貴の方が可愛い」
真剣な顔をして何を話しているのかと思えば、ただの恋人自慢である。
声の届かないところにいる人間には、経済対策についてでも話しているようにしか見えないだろう。
便りの二人も酔っているのだ。
しかも結構重度に。
空にしたジョッキを勢いよくテーブルに置くと、アーサーはルートヴィッヒを睨む。
ルートヴィッヒもそれに応えるようにアーサーに視線を向ける。
一触即発の空気だ。
「見ろ!
この白い肌にサラサラの黒い髪!
目なんかまるで小鹿のような円らさだろ!」
「ふぇ?」
ぐい、と自分の方に菊を引き寄せて、アーサーは素面では絶対に言えない言葉を口走る。
重ねて言うが、顔は至って真面目だ。
一方引き寄せられた菊は事態が把握出来ないのか小首を傾げる。
その姿は実に可愛らしかった。
「何を言う、肌なら兄貴の方が余程白い。かつ兄貴の目はピジョンブラッドよりも美しい色だ」
「ふぁ?」
負けじとルートヴィッヒもギルベルトを抱き寄せ、歯が浮きそうな台詞をサラリと言ってのける。
こちらも、あくまで顔は真面目だ。
抱き寄せられたギルベルトはきょとりと目を瞬かせた。
照明に反射して瞳が煌めく。
「「………」」
二人は暫し沈黙した。
相手の恋人をこき下ろす気はないが、どうあっても自分の恋人の方が可愛いのである。
それは譲れない。
何がなんでも、譲れない。
どういう証明方法をとろうとも、譲りたくない。
最早二人の頭からは、自分たちがどこにいるのかなど抜け落ちていた。
距離が近付いたのをいいことに、ギルベルトも菊も幸せそうに恋人に抱き付いている。
それを示し合わせたかのようにほぼ同時に、ルートヴィッヒとアーサーが引き剥がす。
そして。
「ぇ?
アーサーさ、……んっ…」
「ぁ、ヴェスト…ふ…ぅ……」
更にほぼ同時に、顎を掬い上げて深く口付ける。
驚いたのはされた当人たちよりも、寧ろ周りの方だった。
ざわざわとざわめきが広がるが、騒ぎの元凶はまるで自重する様子がない。
というよりも、余計にヒートアップしているようにも見えた。
腰に手が回されたのに、ギルベルトが小さく反応する。
「ゃっ…ちょ、ヴェスト……っ」
どれ程酔っていても羞恥心は残っているようで、ギルベルトは目元を染めながら逃げようと身を捩る。
が、逃がすようなルートヴィッヒではなかった。
逆にしっかりと抱き込まれてしまう。
そうなればもうギルベルトの抵抗などないに等しい。
元よりアルコールが回って力が抜けている。
ギルベルトはルートヴィッヒに身を任せるしかない。
「ここ、どこだと…ぁっ…」
一方の菊も、脱力したところをがっちりとアーサーに捕獲されていた。
シャツの裾を引き抜いた手が、そろりと素肌に触れる。
何とも言えない感覚が這い上がって、菊は思わず身震いした。
上手く力の入らない腕でアーサーを押し返そうとするが、余計に強く抱かれるばかりだ。
このままこんなところで押し切られてしまうかも、とギルベルトと菊は冷や汗を掻く。
が。
「いい加減にするんだぞ、アーサー!」
「飲み過ぎるなんてらしくないじゃない、ルイ」
すんでの所で救いの手が差し伸べられた。
怒っているというよりは拗ねている表情で、アルフレッドが菊をアーサーの腕の中から引っこ抜く。
やれやれといった様子のフランシスも、気が逸れて力が緩んだルートヴィッヒの腕からギルベルトを救出する。
アーサーとルートヴィッヒは恋人が腕から消えて憮然とした顔になった。
一触即発の空気、再び。
しかしその直後、二人は揃って机に突っ伏す。
双方から聞こえるのは寝息だ。
酔いなど飛んでしまった菊とギルベルト、彼らを助けたアルフレッドとフランシスから同時に溜め息が漏れる。
何て傍迷惑な酔い方だろうか。
皆可愛いよねぇ、とパーティー会場の片隅で黒い笑顔のイヴァンが呟いたとか、呟かなかったとか。
この世には何としてでも譲れないものがある
(けど、相手の主張に異論がある時はTPOを守って和やかに話し合いましょう)
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