「兄さん」
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。
それなのにどうして、兄さんは俺を避ける? なぁ、答えてくれ、ギルベルト。
「…、ヴェスト……」
ビク、とギルベルトの体が跳ねた。廊下で鉢合わせをしただけなのにこの反応は過剰だ。怯えを必死で押し殺したかのような声が俺の名前を紡ぐ。
実際、怯えているんだろう。見下ろした病的に白い首筋に痣。俺がつけたものだ。上まできっちりと釦を留めたシャツを剥ぎ取れば、もっと残っている筈だ。青黒い痣と、欲望に任せて散らした痕が。
「どうした、顔色が悪いぞ」
俺は理由など百も承知しておきながら、青褪めた頬に指を伸ばす。ひ、とギルベルトの喉が小さく悲鳴を上げる。俺の手を払おうとした手は途中で止まって、そうする代わりにギルベルトは後退った。
そうしたくらいで俺が怒る筈もないのに。余計な深読みが反ってギルベルトを追い詰める。とん、と背中に当たる壁の感触に、ギルベルトの顔色はますます悪くなった。緊張を孕んだ肩が震えている。恐怖に張り裂けそうな紅い瞳が、どうしようもなく愛しかった。
「兄さん」
「ゃ…」
壁際に追い詰められて、目の前には俺が迫っていて、逃げることなんて到底出来ないギルベルトの頬に触れる。俺の指は繊細な輪郭をなぞって、細い顎に辿り着く。そこに添えた指で誘導すれば、ギルベルトは大人しく上を向く。決して逆らわない、逆らえない可愛い兄さん。俺を見つめる瞳が恐怖に揺れている。
「ヴェ、スト……」
何かを訴えようとする声を遮って口付ける。いつもの、噛み付くそれはしない。唇を啄んで、薄く開かれた口に舌を差し込んで、唾液を甘く絡ませる。滅多にないその感覚に、ギルベルトが小さく震える。無意識か、俺の服に縋り付いてくる華奢な指。袖口から覗いた手首にも、俺のつけた痣が見えた。
「Ich liebe dich.」
唇を離して囁く。ギルベルトからの返答はない。元々返答を期待していなかったから、大して気にもならない。いつだってギルベルトは愛の言葉を返してはくれない。昔はあんなにも、惜しげなく告げてくれたものを。身動きの取れないギルベルトの肩口に顔を埋めて、もう一度囁く。
兄さん、ギルベルト、俺は貴方を愛している。
やはりギルベルトからの返答はない。けれどシャツを掴む指に力が籠って、血色の瞳から透明な滴が零れ落ちた。
嗚呼どうか応えてくれ
(言葉にしてくれなくては貴方の心が分からない!)