ギルベルト・バイルシュミットは心底辟易していた。その原因は、彼が現在着ている服にあった。
 シンプルな黒のワンピース。その上に上品なフリルのついた白いエプロン。頭には控え目なヘッドドレス。足にはストッキングと、そこまでヒールの高くないパンプス。実は下着までしっかり女物である。ブラジャーもつけているなど、ギルベルトは考えるだけで卒倒しそうだ。
 彼は書斎の机に座っている。というよりは逃げようとしてそれ以上は下がれず、机に乗る形になってしまっていた。
 ひくり、と口元が引き攣る。見つめる先──といっても目と鼻の先には、にっこりと笑うルートヴィッヒ。彼は何故か燕尾服だ。ご丁寧に白手袋まで嵌めている。格好だけで見ると大きな屋敷の主人とメイドだが、残念なことにメイドの中身は男である。

「お前何がしたいんだよルッツって近い近い近いっ!」
「喚かないでくれ兄さん。可愛らしいのが台無しだ」

 サラリと嬉しくもない言葉を言われ、ギルベルトはますます慌てる。何だってルートヴィッヒはこんなにいい笑顔をしているのだろう。というか何でこんなことになったんだろう。
 事の起こりは30分程前に溯る。
 世界会議の開催を知らせる事務的な紙と共に、ルートヴィッヒが持っていた封筒。豪奢なそれは、舞踏会への招待状だった。何でも晩餐の時に親睦を深める為に催すのだとか。へー頑張れよ、他人事のように言ったギルベルトに、ルートヴィッヒは告げた。「貴方も参加するんだぞ」と。
 よくよく見れば宛名はルートヴィッヒと、ギルベルト。既に2人とも出席すると返事をしてしまったらしい。礼服なんか時代錯誤なのしかねぇよ、そんな理由で躱すことは、当然許されなかった。ルートヴィッヒはそこまで考えて、得手だろうから頼むとフェリシアーノを連れてきていたのだ。菊も一緒に佇んでいた。ギルベルトはその時、自分に降り懸かる受難に気付くべきだった。
 何着か試しに持ってきているものを着てみようということになり──半ば無理矢理袖を通させられた。サイズを直すかオーダーするか、どちらにしろ取り敢えず測っておこうと採寸までされた。そこまではまだよかった。宜しくない展開になったのは次からだ。菊が持ってきていたものが、実に非常に不味かった。
 メイド服。
 彼はそれを巧妙に礼服の群に紛れさせていたのである。折角なので着てみませんか──そう言う菊の目には確信犯の色があった。フェリシアーノが何の考えもなく楽しそうと同意。慌てる余り涙目になるギルベルトに、ルートヴィッヒもクスリと口元を笑ませた。それはまるで、悪魔の微笑だった。
 お前楽しんでるだろこのドS!という叫びは無視され、無理矢理着替えさせられたのが、ほんの5分前。フェリシアーノを引き摺るようにして、菊は風のように帰っていった。「どうぞごゆっくり」と嫌な含みを込めた言葉を残して。
 ギルベルトは逃亡を計るも失敗、書斎に連れ込まれてしまった。因みにギルベルトが菊に好き勝手やられている間に、ルートヴィッヒはフェリシアーノに自分の礼服のチェックをしてもらっていたらしい。だから現在燕尾服を着ているのである。
 が、しかし、この状況は何なんだ。

「俺にこんな格好させて楽しいのかよどういう趣味してんだよお前!俺男だぞ?!」
「そんなことは知っている。喚くなと言っているだろう、ギルベルト」

 ルートヴィッヒの語調が若干強くなる。ギルベルトは反射的に押し黙った。ここ十数年で随分躾けられたものだと思う。全く嬉しくないが。
 ギルベルトは手を突いてずり、と体を後退させる。膝が机の縁に引っ掛かった。もっと離れたいのに、これ以上机の上に足を上げると動き辛くなってしまう。恥を忍んで膝を立てればいいのだが、謹んで遠慮したい。目の前にはルートヴィッヒがいるのだ、そんなことをしたらスカートの中が丸見えになってしまう。ただでさえ若干丈が短いのに。
 ルートヴィッヒが顔を近付けてくる。ギルベルトは上体を倒して遠ざかる。

「逃げるな」
「逃げるだろ普通っ」

 ちっ、軽い舌打ちが耳を打つ。
 途端にギルベルトの後頭部に衝撃が走った。押し倒されたのだと分かったのは漸く数瞬後だ。両手を纏めて机に押し付けられ──ルートヴィッヒの手の中でギラリと小振りなナイフが光る。悲鳴を上げる暇もなかった。ダンッと鋭い音がして、重ねた袖を机に縫い止められる。どうにか逃れられないかと手を動かすが、ナイフはびくともしない。

「止めろって、これ、借り物…んっ」

 スルリと足を撫で上げられ、ギルベルトは体を震わせた。ルートヴィッヒの指は躊躇う素振りを見せずスカートの中に進入する。ストッキングの上から触れられるのは、何だか変な気分だ。確かに触れているのにその感触がダイレクトに伝わってこない。ルートヴィッヒが手袋をしているせいもあるのだろうが、端的に言えば、焦れったい。

「菊は返す必要はないと言っていたが」
「、ぁ…やだ、ルッツ…っ」

 少しずつ少しずつ、スカートをたくし上げられる。晒されていく足にギルベルトは唇を噛む。
 抱かれるのは百歩譲って構わないとして、こんな格好では嫌だ。絶対嫌だ。何だってこんな倒錯的な格好で。これではまるでコスプレ趣味のある変態ではないか。
 流されるものか、ギルベルトはそう強く思った、の、だが。スカートの奥に視線を遣ったルートヴィッヒがくすりと笑う。

「これが嫌だと言う奴の反応か?」
「ひっ…や、見るなぁ…!」

 そこを軽く指先で弾かれて、ギルベルトは息を詰めた。繊細なレースで飾られた面積の狭い布地を、緩く反応している自身が押し上げているのが見ずとも分かる。ルートヴィッヒの視線を受けて、そこは益々熱を持ち始める。
 武骨だったのが痩せてギスギスしている体に女物の下着が似合う筈がない。不格好なのを自覚しているから、余計に羞恥心が煽られた。

「ぁ…あ、ん……ゃっ…」

 必死に閉じていた膝を易々と割られ、大きく開かれる。視界に生白い脚が入り込んできてギルベルトは目を瞑った。けれどそれは逆効果しか齎さない。
 視覚を欠いた体は他の感覚を研ぎ澄まさせる。ストッキングの上を徒に辿っていた指がウエスト部分に向かうのを、ギルベルトは最初に捉えた。
 穿かされたのは所謂パンティストッキングで、ごく薄い繊維は下腹部を完全に覆っている。するすると上がっていったルートヴィッヒの指は、しかしストッキングを脱がす気はないらしかった。代わりに布越しに存在を主張する自身の形をじっくりとなぞられる。もどかしい刺激にギルベルトは身を捩った。

「ぁ、ぁ、は……んっ」
「腰が振れてるぞ。もう焦れてきているのか」

 全くどうしようもない淫乱だな。
 耳の中に押し込むような低い囁きに、ぞくんと腰に甘い震えが走る。マゾヒストになった覚えは露程もない。けれどルートヴィッヒの一挙一動は、確実にギルベルトを高ぶらせていった。弄られるぐちゅぐちゅと水音が立ち始め、堪らない快楽に嬌声が上がる。
 だが、足りない。もっと強い、直接的な刺激が欲しい。ギルベルトはキツく閉じていた目を開いて、潤んだそれでルートヴィッヒを仰ぎ見る。無言の訴えに、彼は酷薄に微笑んだだけだった。

「や、やだぁ…触って…ちゃ、と触っ……ぁ、んんっ」

 軽い絶頂にギルベルトは身を強張らせる。それでも射精には至らない。視線に恨めしい色が宿ったのは仕方ないことだったと思う。
 ルートヴィッヒは暫し考えるような顔をして、それからゆっくりとストッキングに手を掛けた。太股までじわじわと下ろされたそれは、面倒臭くなったかのように引き裂かれる。ごく薄い繊維が上げる悲鳴に、ギルベルトは目を伏せる。それは先を期待しての行動だった。
 だが下着から取り出された自身に絡められたのは、手袋を嵌めたままの指。ぐち、とイヤらしい音が上がって先走りか白濁かよく分からないものが糸を引く。

「ふぁ…ぁっ…や、…あ、あー…!」

 強く握り込まれ、ギルベルトはぞくぞくと背筋を震わせた。吐き出した白濁が真っ白な手袋に白を重ねる。ルートヴィッヒがそれを見せ付けるかのように、顔の前に持ち上げた手から口で手袋を抜き取っていく。汚れたそれは丸められ、両方とも床に放られた。素の指が肌に、触れる。布越しに触れられていた時間はそう長くないのに、その感覚は酷く懐かしいような気分をギルベルトに起こさせた。
 くい、と顎を上げさせられる。伸し掛かるようにして口付けられて、ギルベルトは甘い吐息を零した。何か違う生物のように動き回る舌に歯列を辿られ、差し出した舌先に軽く歯を立てられる。唇が離れたのは息苦しさに目が潤み始めた頃だった。口に残された唾液を喉を鳴らして飲み込む。

「さて…どうして欲しい、兄さん?」
「ぁ…あ、ルッツ…」
「口で言ってくれなければ分からないな」

 突き放すようにいうルートヴィッヒは、格好も相俟って本当にどこぞの屋敷の主人のようだった。ならば自分はお気に入りのメイドか。どういう意味で気に入っているかなど、考えたくもないけれど。
 ギルベルトは上がってしまった息を出来るだけ整える。ここ十数年で随分躾けられたものだと、本当に思う。こういう時は何を求められているのか、理解はしていなくてもしっかりと覚えてしまっている。
 それを口にするのは屈辱だ。けれど、その先には目も眩むような快楽があるのだとギルベルトは知っている。何度も、それこそ嫌という程に教え込まれた。だから口は勝手にそれを紡いでしまう。

「ルッツの、で…ぐちゃぐちゃに犯して、下さい」

 その言葉を受けてルートヴィッヒがうっそりと目を細めるのを、ギルベルトはぼんやりと見ていた。
 あぁあぁ、もうどうにでも好きにすればいい。






20000hit企画
途中からメイド服も燕尾も空気…色々スイマセンでしたorz