「兄さん」

 止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ。
 そんな風に俺を呼ぶな。そんな風にして俺を、俺を愛したりなんかしないで、ルートヴィッヒ。

「…、ヴェスト……」

 どうして鉢合わせなんてしてしまうんだ。しかもよりによって今日の今。俺はルートヴィッヒの声にビクリと体を震わせた。
 あぁ、今のが癇に触ったかもしれない。そう思ったらズクンと体中につけられた痣が疼いた。痛い。そこかしこにある、ルートヴィッヒがつけた痣が、痛い。
 俺はいけないと思いながら、ルートヴィッヒを直視することが出来なかった。

「どうした、顔色が悪いぞ」

 だから反応が遅れた。俺は馬鹿か。自分の喉が小さく悲鳴を上げるのが分かる。ルートヴィッヒが伸ばしてくる手を反射的に払おうとして、止めた。ルートヴィッヒを怒らせるのが怖い、から。
 代わりに僅かに後退した。あぁ、この俺が誰かに怯えて退くなんて。けれどルートヴィッヒに捕まるよりマシだ。そう思いながらジリジリと、ルートヴィッヒの手とは逆方向に逃れる。
 と、背中に硬い感触──壁だ。フィック、と俺は心中で吐き捨てた。ルートヴィッヒの指が迫る。

「兄さん」
「ゃ…」

 俺は逃げられない。人質を取られたみたいに、心臓に拳銃を突き付けられたみたいに、ルートヴィッヒに抵抗することなんて出来なかった。頬に指先が触れる。
 怖い。その指がいつ、俺を痛め付けるか分からないから。指で顎を救われて、上を向かされる。鋭い碧の瞳に息が詰まった。

「ヴェ、スト……」

 言い掛けた俺の唇をルートヴィッヒが自分のそれで塞ぐ。いつもの、噛み付くみたいな口付けではなかった。優しいそれに俺はつい夢中になってしまう。
 あぁ、ルートヴィッヒが愛しい。再確認してしまって軽く自己嫌悪。間違ってるのに、こんなの。

「Ich liebe dich.」

 唇を離して囁かれる言葉。俺をどうしようもなくさせる言葉。答えを返したいのに、その度に喉がひりついて何も言えなくなってしまう。そしてルートヴィッヒは少しだけ寂しそうな顔をする。いつものパターンだ。
 子供みたいに、ルートヴィッヒが俺の肩口に顔を埋める。再び呟かれる愛の言葉。やっぱり俺は何も言えない。
 お前の想いに応えられない弱い兄貴でごめん、ルートヴィッヒ。俺だってちゃんと、お前を。
 堪え切れなくなった涙が一雫だけ流れて、俺はいつの間にか掴んでいたルートヴィッヒのシャツをキツく握り締めた。






嗚呼どうか愛さないで
(こんな俺にはお前に愛される資格などありはしないのだ!)