※アル好きさんは要注意です。
薄汚れたコンクリート打ちっぱなしの壁。その前に一人の男が立っている。
金髪に碧い瞳──足下に転がっているのは彼の眼鏡だろうか。両腕が背後に回されているところを見ると、どうやら拘束されているらしい。明らかに暴行された様子の男は、それでも真っ直ぐ前を向いている。口元には笑みさえ浮かんでいるように見えた。
「喋る気になったか」
「……fuck………、っ!」
掛けられた硬質な声に対して、男は吐き捨てるように呟いた。途端、黒の皮手袋に包まれた手が男の顔を鷲掴む。そのままの勢いで、手は男を思い切り壁に叩き付けた。ガツン。鈍い音が上がり男は衝撃に息を詰める。手が放されると、彼は膝を崩してズルズルと床に座り込んだ。そこに追い討ちを掛けるように、硬い軍靴の爪先が鳩尾に叩き込まれる。
「ぐっ……ぁ、かはっ」
床に倒れ込み、体を丸めて男はゲホゲホと咳き込む。その綺麗な金髪ごと、彼の頭を武骨な軍靴が踏み躙った。遠慮なしに体重を掛けられているらしく、男は苦痛に表情を歪める。喘鳴と共に苦しげに繰り返される呼吸。
ふっと嘲笑したような気配があって、頭から足が退けられた。男はシャツの襟を掴まれ、引き摺るようにして立たされる。彼の屈しない瞳を覗き込むのは、受ける印象は違えど男と同じ色彩を持った軍人だった。その口元には圧倒的強者の不敵な笑みが刻まれている。
「ならば喋る気にさせてやろう」
愉悦さえ含んだ声が、歪な笑みを形作る唇から発せられた。
「ぁー…」
画面を注視しながら、ギルベルトは何とも言えない声を上げた。
先程から流れているのはルートヴィッヒがご丁寧に隠していたビデオだ。やけに厳重に隠してあったものだから余程アレなAVなのかと思ったのだが。内容はどちらかと言えば、それより酷かった。加害者はルートヴィッヒ、被害者は──信じられないがあのアルフレッド。当初は何かのプレイかと思ったのだが、途中で可能性を抹消した。これは明らかにスナッフビデオの類だ。アルフレッドは健在だから、どうも殺すには至らなかったようだが。
それにしてもルートヴィッヒの性格というか性癖というかはよく理解している筈なのだが、とギルベルトは首を捻る。果たしてアルフレッドはルートヴィッヒの好みの範疇に入るのだろうか。というかその前に、何故アルフレッドが捕まっているのだろう。ついでに一方的にやられているし。あの馬鹿力ならどうにかなりそうなものだが。こんなことがあったら国際問題にでも発展しそうなものを、そんな気配も全くない。
一体このビデオは何なのだろう。DVDではない辺り、それ程最近に撮られたものではなさそうだ。むぅ、と眉根を寄せてギルベルトは画面に視線を遣る。そこでは相変わらずの──というか多少手酷くなった暴行シーンが続いている。
餓鬼の頃に捕虜の拷問とか嬉々としてやってたもんなぁ、とギルベルトはぼんやり思う。ここ最近の標的は専ら兄である自分だけだと思っていたのだが、違ったとは。何だか妙な気分だ。ああいう顔のルートヴィッヒをアルフレッドが知っているのかと思うと、胸がもやもやする。
「……兄さん?」
扉の開く音と共に背中に掛けられた声にビクリとギルベルトは体を跳ねさせた。反射的にリモコンに手を伸ばして映像を消そうとするが、もう遅いだろう。
今日に限って帰ってくるのが早い。ギルベルトは内心で冷や汗を掻きながら、そろそろと振り向いた。
「今日は早いのな、ルッツ」
あぁ、と相槌を打ったルートヴィッヒはそれで、と何食わぬ様子で言葉を続ける。
「貴方は一体何を見ているんだ?」
顔に浮かべられるのは恐怖しか生まない穏やかな微笑。
ひ、と小さく悲鳴を上げて、ギルベルトはあたふたと言い訳を開始する。つもり、だった。が、その前に強い力で肩を掴まれる。体格差その他諸々を考慮しないそれに、ギルベルトは思わず息を飲んだ。
僅かずつながら強くなっていく力。自分を見下ろしている目は、あぁ爛々と輝いている。もしかして──否、もしかしなくとも、嫌な方向に煽ってしまったらしい。私物を勝手に物色されたことへの怒りもあるのだろうが、それよりも欲望の方が勝っているように見える。
「ル…ツ、ルッツ、取り敢えず落ち着け物凄く落ち着け。あと手離せ痛い」
「俺は十分落ち着いている。それより質問に答えろ、ギルベルト」
声音と共に口調までもが切り換えられる。
ギルベルトはひくりと口元を引き攣らせた。今のルートヴィッヒの表情は、テレビ画面の中のそれに酷似している。完璧に入ってはいけないスイッチが入ってしまったようだ。
自分をがっちり捕まえている腕を降り払って逃げ出すことは、出来ない。ギラつく弟の目から視線を逸らしながら、ギルベルトは己の興味本位の行動を心の底から呪った。
後悔先に立たず
(だって気になるだろあんな厳重に隠してあったら!)
(そもそも人の部屋を漁るなと言っているだろう、兄さん)