あいつのことを「そういう意味で」好きだと気付いたのは、いつのことだっただろう。
俺の弟、可愛い可愛いルートヴィッヒ。成長してムキムキになったって、俺にとっては目に入れたって痛くない存在だ。それは俺を兄と慕ってくれる弟であるから。だというのに。それにも拘らず、だ。
俺はいつの間にかルートヴィッヒのことを、「そういう意味で」好きになっていた。それに気付いた時、俺はかなり焦った。だってアレだ、二大禁忌じゃねぇか──同性愛に近親相姦。
今でこそ多少はリベラルにもなったが、気付いた時分はまだ宗教意識は高かった。だから随分と悩んで悩んで、一時期は不眠症かとルートヴィッヒに心配されるまでになった。時間が経つにつれてリベラルになってきたりで、どうにか折り合いがつけられるようになってきた昨今。
俺の悩みは別のところにあった。というか、現在も目の前に転がっている。実に無防備に、転がってくれている。
「…ルッツ、」
久々の休暇の前夜、寝過ごそうと二日酔いになろうと大丈夫だから、と俺はルートヴィッヒにビールを勧めた。最近仕事に差し支えると言って自重していた我が糞真面目な弟は、俺の誘惑にあっさりと白旗を挙げた。二人で夕飯を食べながら呑み始めて、食べ終わったら軽い摘みに切り換えて呑み続けて、それからちょっと記憶が曖昧になって。
寝ていたらしい、伏せていた目を開けたら、目前ではルートヴィッヒがまだ眠りこけていた。食卓周辺は非常に混沌とした状態のまま放置されている。俺もルートヴィッヒも同じような頃に寝落ちしたんだろう。俺の方が早かったならルートヴィッヒは呑むのを切り上げて、俺をベッドに引き摺っていったり片付けをしたりする筈だ。ルートヴィッヒの方が早かったなら、俺は片付けなんか几帳面にする質じゃないが、これは流石に、少しはどうにかしようと思う。だから俺とルートヴィッヒが寝落ちしたのはほぼ同時の筈だ。
日頃の疲れが溜まっているのか、ルートヴィッヒは身動ぎさえせずに寝息を立てている。セットが崩れてはらりと額に掛かる前髪。伏せられた瞳を縁取る長い睫毛。僅かに上下する、とっくに俺より厚くなった胸板。
等々を眺めていると、つい手を伸ばしてしまいそうになる。こんなところで寝ていると風邪を引くぞ。そんな兄らしい台詞など間違っても吐けないような、感情につき動かされて。恐る恐る手を伸ばしながら、俺はルートヴィッヒを呼ぶ。
「ルッツ…」
囁きに近い声は、深い眠りの中にいるルートヴィッヒには届かない。だから瞳は開かない。
触れ、られる。兄としてじゃなく、触れられる。
指先が頬に届く、そこは僅かに火照っていた。夜気に冷えてしまった俺には、それが燃えるような熱さに感じられる。熱い──ルートヴィッヒの、体温。きゅうと心臓が鷲掴みにされるみたいな感覚に、俺は堪らず息を吐く。
自分の鼓動が煩いくらいに早い。ルッツ、ルッツ、ルートヴィッヒ、俺の弟。可愛いだけの存在ではなくなったのは、本当ないつからだったのだろう。
「起きねぇ、よな?」
額の前髪を払ってやりながら、俺はルートヴィッヒの顔を覗き込む。
至近、距離。吐息さえ感じる距離なのに、ルートヴィッヒは反応しない。それが少しだけ寂しくて、それでもとても心強かった。起きない。ルートヴィッヒは、起きない。だから俺の行為は決して、知られはしない。
起きたことを全く感じ取らなければ、それは何も起きていないのと同義になるのだと俺は思う。俺が心の底に秘めておきさえすれば、何もなかったことになる。明日もその次もその次も、俺とルートヴィッヒの関係は変わったりしない。
フランシスなんかに揶揄させる程度には親密な兄弟、その関係を保っていられる。だから、あぁ、ルートヴィッヒ、許してくれ。
俺はそぅっと身を屈める。眠りこけるルートヴィッヒに、顔を寄せる。微かに触れた唇は、ビールのほろ苦い味が、した。
好きすぎて怖いんだ
(こんなにも側にいると、手を伸ばさずにはいられない)
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