私の元には、友人からよく相談事が持ち込まれる。それは大抵厄介事と同義であったりするのだが、頼られるというのは悪くないものであると思う。先日はフェリシアーノ君から救援の電話を受けた。今は──ギルベルトさんが、不貞腐れた表情で炬燵机に突っ伏している。
黄金色の髪、少し赤味を含んだ碧眼。嘗ては軍事顧問として教えを請うたこともある人は、実に子供っぽい表情で唇を尖らせた。彼が唐突に我が家を訪問した理由というのは、実に単純なものだった。
フェリシアーノがどうフェリシアーノがこうって口を開けばそればっかり、俺の方を見ようともしやがらない。滅多にない休息中もわざわざ書類を読み耽ってみたり銃の手入れをしていたり。いつだって側にはいるのに、俺のことを認識しているのか疑いたくなる。あいつ何考えてんだよ全く!
とは、先程ギルベルトさんが滔々とぶち撒けた愚痴を要約したものだ。実に平和な悩みで羨ましいことだと思うのは私だけだろうか。
ルートヴィッヒさんはちゃんとギルベルトさんのことを気に掛けているのだろう。ただすぐ近くのフェリシアーノ君が余りに、こう、手の掛かる子だからそちらに構う割合が増えてしまうというだけで。ギルベルトさんは基本的に放っておいても大丈夫な人であるし、寧ろ戦闘に関してならばルートヴィッヒさんよりも彼の方が若干上手だ。この状況下でルートヴィッヒさんに自分も構えというのは、些か無理な話ではないだろうか。生真面目な彼は全部背負い込んでしまって、そのうちに倒れそうだ。私がもう少し近くにいたら、助けにもいけるものを。
ちぇっちぇのちぇー、机上の蜜柑をつつきながらギルベルトさんは拗ねた表情を崩さない。書類を読み耽ったり銃の手入れをしたりは、そもそも貴方が彼に教えたことでしょうに。戦況は常に正確に把握しろ、武器の整備は怠るな。私に教えたように、ギルベルトさんはルートヴィッヒさんにも教えた筈だ。彼はそれに従っているだけ。
フェリシアーノ君を一々助けにいっているのは、彼の性分だろうけれど。
「ルッツの馬鹿ー甲斐性なしー」
「ルートヴィッヒさんは馬鹿でもなければ甲斐性なしでもないでしょう。いいんですか、戦況を放ってこんな場所にいて」
「いいんだよ別に。ルッツは一人でもちゃんとやっていける」
俺なんかいなくったって、呟くように続けてギルベルトさんはくしゃりと顔を歪める。
自分で言ったことに自分で傷付かないで欲しい。そんな泣きそうな顔をしたって、私は上手く慰めてなんかあげられない。ルートヴィッヒさんにしか解決出来ない悩みだと、ギルベルトさんだって分かっているだろうに。それなのに私のところにくるのは、何故なのだろう。戦中で愚痴を零す相手が敵に回っているから?
誰かに吐き出すことで今の関係性に折り合いをつける為?
理由が何であれ、彼の気が済むまで私は解放されないのだろう。戦況は安定しているから、まぁ一晩くらいは私がいなくてもどうなるものでもない。流石にギルベルトさんも長々と不在にはしていられない、明日になれば帰る筈だ。それまで少しばかり、私は彼の愚痴に付き合う。ルートヴィッヒさんを取られて嫉妬している、彼の兄であり恋人である人に。
私の元には、友人からよく相談事が持ち込まれる。それは十中八九の確率で、厄介事だった。
私の目前にはルートヴィッヒさんが、非常に難しい顔で座っている。ギルベルトさんが電撃訪問してきてから約一週間後のことである。何も関係がない、などということはないのだろう。
私は喋っているうちに涙目になった彼に不覚にもときめいていないし、うっかり手を出してもいない。えぇ、神明に誓って決してそのようなことは。なのでそう、睨み付けるようにして見つめられるような心当たりはないのだが。
訪問の訳を知りたいと思うものの、ルートヴィッヒさんは先程から口を開こうとしない。私から何か言い出すのは雰囲気からして無理だった。あぁ空気が重い。ルートヴィッヒさんから瘴気のようなものが発せられている気がしてきた。疲れているのだろうか、私も歳になったものだ。
「菊」
「は、はぃ?」
突然に声を掛けられて、私はつい素っ頓狂な声を上げてしまう。恥ずかしさに顔に血が上るが、幸いルートヴィッヒさんは気にも止めていないようだった。ごごごごご、物凄い圧力のようなものを滲ませて、ルートヴィッヒさんは私を見る。
あぁ、何だか蛇に睨まれた蛙の気分だ。これから私は取って食われるのだろうか。まだ死にたくないし仲間だし、出来れば穏便に済ませて欲しいと思う。切実に、とてもとても切実に。
「先日…一週間程前だと思うが、兄貴が訪ねてこなかったか」
その詰問のように聞こえる問いに、また妙な声を上げてしまいそうになる。それを必死で押し止どめて、私はこくこくと首を振った。勿論、縦に。
肯定にルートヴィッヒさんは僅かばかり表情を緩め、息を吐く。それは安堵を表すもののようでもあり、疲労を表すもののようでもあった。普段と変わらない様子であるのに、違和感を拭えない。
いつもなら何をするでもなく側にいるのに、それがなくなった。報が入ればすぐに飛んでいって、下手をすると勝手に師団を率いていってしまう。あの人は何を考えているんだ全く。
とは、ルートヴィッヒさんが滔々とぶち撒けた愚痴を要約したものだ。ああ、実に平和な悩みで羨ましいことだと思うのは私だけだろうか。
どうやらギルベルトさんは、ルートヴィッヒさんが構ってくれないならと一人を満喫し始めたらしい。まぁ何かに集中していれば取り敢えずその間は忘れていられるからだろう。それをされて、今度はルートヴィッヒさんが愚痴を零しにきたという訳だ。戦況は未だ安定中、私には彼を追い返せるような都合のいい用事はない。
「いいんですか、こんな場所で油を売っていて」
「兄貴なら心配ない。あの人は俺より余程強い」
「………どれだけお互い信頼し合ってるんですか。夫婦喧嘩は犬も食わないんですよ、私のところに持ってこないで欲しいものです」
口の中で一人愚痴ると、ルートヴィッヒさんが怪訝な表情を向けてくる。
距離は近いが彼には私の言葉など聞こえなかったらしい。尤も、こちらも聞こえないように細心の注意を払って言ったのではあるが。
深刻な相談事ならまだ聞く気にもなる、だが持ち込まれたのは2度続けて嫉妬のし合い。痴話喧嘩なんて誰が仲裁したいと思うだろう。お互いを想い合い過ぎているから擦れ違うなんて、出来過ぎていて笑えてしまう。
私はにっこりと微笑み、ルートヴィッヒさんの肩に手を置く。
「早く帰ってギルベルトさんに口付けるなり抱き締めるなりして下さい、それで万事解決しますから」
無言の脅しを瞳の奥にちらつかせると、ルートヴィッヒさんは存外素直に頷いた。あの時彼の肩に置いた手が白くなっていたのは、力を込め過ぎて血の気が引いたのでは、決してない。
と、思う。
わかりやすい嫉妬とわかりにくい嫉妬
(勝手にやっていて下さいよ、私に害が及ばない場所限定で!)
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