まったりと過ごす休日の午後、俺はソファでのんびりと雑誌に目を通していた。
 フローリングに座っているギルベルトは俺の膝に頭を預けて、半ば寝入る体勢だ。短い襟足から白い項が覗いていて実に…何というか、その無防備加減にむらっとくる。
 くしゃりと髪を混ぜてやると、ギルベルトは擽ったそうにくふりと微笑を漏らした。ぼんやりと瞳が開かれて、鮮烈な紅が俺を見上げる。寝惚けた目はとろんとして、熱を孕んでいるようにも見えた。それに煽られたのは、意外にというか当然にというか、嗜虐心だった。
 何を考えているんだと視線を逸らしつつ、俺の手は無意識に尚もギルベルトを構う。頭の形を確かめるようにして辿った指は項へ。そこから前に回って顎のラインを撫で上げると、ギルベルトはむずがるように声を上げた。
 あぁ兄さん、頼むからそんな声を出さないでくれ。苛めたく、なってしまう。

「なぁ、兄さん」
「んー?」

 まだ眠気が残っている様子で、それでもギルベルトは答えを返す。
 脚の間に挟まっているギルベルトを避けて席を立ち、俺はチェストの引き出しを開けた。底の方に入れたそれは、最後に見た時と同じ姿でそこにあった。わざわざギルベルトが余り用事のないチェストの、更に興味を示さないところに入れたから、当たり前ではあるのだが。俺はそれ──黒い箱を手に取って、ギルベルトに視線を向ける。
 彼は大して姿勢を変えないまま、こしこしと目を擦っていた。そんなことをするとまた目が充血するだろう、全く。いつもは口にする小言を今回ばかりは言わない。
 その代わり、と言っても何だが、俺は箱を片手に言葉を続ける。

「兄さんの白い肌によく映えると思うんだ、つけてみてくれないか」

 ふぁ?と気の抜けた声を出したギルベルトは、俺を見てきょとりと目を瞬かせた。視線は直に手にする箱に移って、小さく首が傾げられる。

「…何か箱デカくねぇ? チョーカーとかか?」

 ギルベルトはソファに戻った俺から箱を受け取る。
 チョーカー、チョーカーか。まぁチョーカーとして使えないことも、ないだろう。そんな風に常習的につけてくれるのなら、俺としては非常に嬉しいところだ。
 悩みに悩んで、結局決まらなくてオーダーメイドしたものであるし。ギルベルトにとても似合うだろうし。

「お前がこういうことすんの珍しいよな…一体誰の入れ知恵な、」

 言いながら箱を開けたギルベルトは、ちらりと中から覗いた物に、びしりと音を立てて固まった。それでも口元を引き攣らせたまま、蓋はそろそろと外される。中に入っている物の全容が見えた途端、ギルベルトはわなわなと震え出す。
 そんなに喜んでくれるとは予想外だ、兄さん。頬を上気させて、うっすら涙まで浮かんでいるじゃないか。

「な、な、何だよこれ! お前ふさげるのもいい加減にしろっ一瞬でも喜んだ兄ちゃんが間違いだった!」

 「な」の形のまま固定されていたギルベルトの口から飛び出したのは、涙声の罵声だった。ばしりと蓋が投げ捨てられる。
 何だよ、なんて言わなくても見れば分かるだろうに。艶のある黒い革、冷たい光を孕む銀の金具。ベルトの構造にも似たそれが形作る輪は丁度人間の首の大きさ程度だ。どこからどう見ても、どう贔屓目に見ても、首輪にしか見えないと思うのだが。

「オーダーしたからサイズもぴったりだと思うぞ」
「こんなもんオーダーしてんじゃねぇええ! 絶対つけない俺はぜっっっっったいつけないからなっ!」

 きゃんきゃんとギルベルトが喚く。
 その様子が俺を煽っているとしか見えない辺り、実は喜んでいるのだと思う。ならばそれは照れ隠しか。全くどうしようもなく可愛いなこの犬…じゃない、うっかり間違えた、兄さんは。これは俺も相応の扱いをしてやらねばならないだろうか。例えばその首輪を嵌めた後にたっぷり可愛がってやるだとか。ペットに構ってやるのは飼い主の義務でもあるからな、それがいい。
 何より今は、俺がギルベルトに構ってやりたい気分だ。

「兄さん、」
「っ、何だよその顔っ何する気だおま、ひぃっ」

 がしりと肩を掴むと、ギルベルトは引き攣った悲鳴を上げる。額にはうっすらと冷や汗だか脂汗だかが浮いている。何をする気だとは心外だな、誘いを掛けてきたのは貴方だろうに。
 俺はギルベルトが取り落としかけている箱から首輪を取ると、ベルトの先端をバックルから抜く。いよいよギルベルトは抵抗を大きくするが、俺が逃がす訳もない。逃げられないと分かっているのにそうしてみせる様は、やはり可愛らしい以外の何物でもなかった。

「待て待て待て落ち着けってルッツ! 取り敢えずそのドS顔止めろ、なっ」
「止めろ? いつから貴方は俺に指図出来るようになったんだ?」
「んなもんお前がこーんなちっこい餓鬼の頃か、ぃ゛っ痛い痛いすいません調子乗りました!」
「分かればいい。さて、兄さん…構ってやるから存分に堪能しろよ?」

 にぃと口元を吊り上げる俺に、ギルベルトはがくがくと首を振った──横に。
 俺が掴んでいた腕を痛めない程度に捻り上げてやったことは、言うまでもない。






3秒だけ待つ
(言いたいことがあるならそのうちに言っておけ、兄さん)
(だからお前は何する気なんだ馬鹿その手離せぇえええええ!)






20000hit企画