小鳥が窓の外で穏やかな声で囀っている。目を閉じていてもなお目を刺すような陽光に、ギルベルトは至極鬱陶しそうに眉根を寄せた。
 もう朝だ、起きなければ。そうは思うけれど、体が重く眠くてしょうがない。ん、と声を漏らして寝返りを打つ。隣にある筈の温もりに寄り添おうと思って手探りで探したが、そこにはもう僅かな残り香しか残されていなかった。あいつはもう起きたのか。夢現で考えて、ギルベルトはうっすらと目を開けた。
 ぼぅっとした視界のまま、もぞもぞと掛け布団から這い出る。途端に身を切るような寒さがギルベルトを襲う、ことはなかった。家の中はほんのりと温かい。先に起きたルートヴィッヒが暖炉に火を入れたのだろう。ふぁ、と欠伸をしながらギルベルトは床に足を下ろした。スリッパを突っ掛けてペタペタと部屋の扉に向かう。
 と、彼が手を掛ける前に扉は廊下側から開かれた。

「……Guten Morgen.」
「Frohliche Weinachten.」

 まだ寝惚け眼でぼそりと言うと、ルートヴィッヒがいつもと違う挨拶を返してきた。それが何を示すのか、思考回路がのんびりとしか働かない頭では理解するのに数秒を要する。暫しの沈黙の後、ギルベルトは漸くあぁ、と吐息に近い言葉を漏らした。

「ヴァイナハツか、今日」

 そういえば最近マルクトが賑わっていたな、とギルベルトは思い出す。自分たちは取り立てて準備をしないから──すぐ側に住んでいる元同居人の貴族は別だ──すっかり忘れていた。最近になるまでクリスマスを祝うような暇がなかった、というのも理由の一つだが。それに二人にはクリスマスよりも大切な記念日がある。

「俺もすっかり忘れていた」

 だからプレゼントがないのだ、とルートヴィッヒが済まなさげに言う。そんなことはギルベルトとて同じだ。当日になるまで忘れていたのだから、プレゼントなどある筈がない。
 取り敢えず食事くらいはクリスマスらしく、と続けるルートヴィッヒのシャツの裾を、ギルベルトは引いた。言葉を途中で止めてルートヴィッヒが自分より下にある兄の顔を見遣る。

「どうした?」
「キス、して…」

 プレゼントはそれでいい、と視線を逸らしながら付け足す。
 柄でもないことを言ったのが分かっているから、ギルベルトはほんのりと頬を上気させていた。ああ恥ずかしい。本当は側にいてくれるだけで、ルートヴィッヒがこの世に存在してくれるだけでいいのだなんて、口が裂けても言えそうにない。
 要望に応えて、ルートヴィッヒがそっと口付けてくる。最初は額に。それから蟀谷に、頬に、と焦らすかのように移動して、最後にやっと唇に辿り着く。ギルベルトは緩やかに目を閉じた。

「兄さん…」
「ん……ヴェスト…」

 互いの吐息を奪いながら、ルートヴィッヒがギルベルトを抱き締める。
 あいしてる。
 口の中で呟いて、ギルベルトは自分を包む体温の暖かさに身を委ねた。






特別はいらない
(ただ側にいて、愛を囁いて、それだけで、)