※SM表現注意






 そっと抱き締めて口付けると、ギルベルトは腕の中で微かに震えた。吐き出される吐息は熱く、僅かに湿っている。
嘗てのような厚みも体温もなくしてしまった、不健康に白い体に触れるのは、少し怖かった。知り尽くしている筈のそれが、全く違うものに変わってしまっているような気がして。ほんの少し、強く触れれば、壊れてしまうような気がして。
 そんな俺を安心させるようにギルベルトは薄く笑って、胸に置かれた俺の手に自分の手を重ねた。紡がれる言葉は僅かに震えている。

「そんなおっかなびっくり触んなよ。そう簡単には壊れねぇから」

 だから、いつもみたいにして、と。
 ギルベルトは実に、実に堪らない顔で俺に縋ってきた。必死で保たせていた理性を切るのは容易い。数十年振りの再会で、国民感情も手伝って精神は異様な程に高揚している。そんなところにずっと触れられなかった恋人からの誘惑がくれば、切れない理性などないのではないだろうか。
 俺はやんわりとギルベルトをベッドに押し倒し、襟元を緩めながらその体に覆い被さる。ギルベルトはその赤みを増した目を細めて、俺の方へ手を伸ばした。くしゃくしゃと後ろに流している髪を混ぜられる。髪に絡められる指は骨っぽく、やけに頼りなく感じられた。ギルベルトの着ているシャツに手を掛けると、びくりと体が強張る。

「…兄さん、」

 開けたシャツから覗いたものに、俺は眉を顰めた。白い肌、そこに深く刻まれた裂傷、打撲痕、擦過傷、火傷、銃創。それはまだ生傷の様相を呈していた。虐待というよりは拷問の色を窺わせるそれに、どうしようもない怒りが込み上げる。あの男、よくもこんな真似を。
 ギルベルトは目を緩く伏せて細い息を吐いている。躊躇いがちに傷に触れると、ギルベルトはびくんと体を跳ねさせた。怯えたように震える様子に急速に熱が冷めていくのが分かる。こんな状態のギルベルトを抱こうとするなんて、全くどうにかしているとしか言い様がない。俺は小さく溜め息を吐いて体を起こした。

「ルッツ?」

 ギルベルトが戸惑った声を上げる。追い縋ってくる手を俺はやんわりと下ろさせた。途端にギルベルトは傷付いた顔になり、シャツの前を掻き合わせる。布をぎゅうと握り締める手はやはり可哀相な程に震えていた。
 こんなにも細く、か弱くなってしまったギルベルト──俺の兄であり恋人。俺はそんな人を慈しみたいと思う。衝動に任せて傷付けてしまいたくなど、ない。
 そんな俺の考えを余所に、ギルベルトは半端に身を起こした状態で必死で何かに耐えているようだった。戦慄く唇は何度も言葉を紡ごうとして、失敗する。涙を湛えている紅い瞳がまるで濡れたルビーのようで綺麗だった。ひく、と喉を引き攣らせながら、漸く力のない声が発せられる。

「やっぱり、触ってくれねぇんだな…こんな汚い…、あいつにつけられた傷のある体なんかっ」
「っ、兄さん!」

 ギルベルトの声は次第に上擦っていき、最後は最早悲鳴に近かった。過呼吸にも似た呼吸を繰り返す彼を、俺は反射的に抱き竦める。硬直した体は、次の瞬間には俺を引き剥がそうと身悶える。掠れた声が俺の耳を痛い程に打った。

「やだ、離せよ! いらないんだろ、こんな俺なんかもう…っ!」

 言葉を遮る為に無理矢理唇を奪うと、眉を寄せたギルベルトが舌に歯を立ててくる。口の中に鉄の味が広がるが、俺は気にせずに舌を絡めた。感情に任せて俺の胸を叩き引っ掻いていた手が次第に大人しくなり、力を失う。
 ゆっくりと顔を離すと、ギルベルトは滔々と涙を零していた。ひくり、小さく喉が鳴らされる。
 何でだよ、と呟く声は消え入る程の音量で、少しでも気を逸らしたら聞き逃してしまいそうな勢いだった。

「中途半端に、優しくす、んな…っ……、お前がいらないって言うなら、俺、ちゃんと」
「ちゃんと? あいつの元にでも戻るつもりか?」

 唸るように言うと、ギルベルトは信じられないものを見る目で俺を見た。ぼろりと大粒の涙が頬を伝い落ちていく。
 あぁ全く、この人は。自分からいらないだの何だのと言い出しておきながら、何て顔をするんだ。体は俺に触れられることを拒絶しているというのに。そんな酷い傷を、まだ治りきってもいない傷を体中につけられているのに。それでも尚、俺を求めるというのか。
 それは再統一の喜びに沸く国民感情に刺激されたもの、だけではないのだろう。いや、ギルベルトは自分の感情とそれらの感情に上手く折り合いがつけられた筈だ。ならばこの言動は、ギルベルト自身の心情からくるものだということだろうか。

「兄さん、俺は貴方をいらないなどと思ったことは一度もない。今も、思っていない」
「なら、何で…」
「そんな酷い怪我を負っている貴方を抱ける訳がないだろう」

 俺の言葉にギルベルトはきょとりと目を瞬かせた。自分の体にぺたぺたと触って、首を傾げる。それは無垢な幼子が答え辛い質問をしてくるときの様子によく似ていた。相手の反応が心底から解せない、という目。
 少しばかり間を開けて、ギルベルトがゆるりと口を開く。

「でもこれ、今までで一番酷くないぞ?」

 これ以上に酷い怪我をしているのが普通だったことに、俺は怒りを通り越して呆れを覚える。それを平然と言って退けるギルベルトの神経も信じられない。確かに昔は傷だらけになって戦っていたのだろうが、それにしても。
 俺は堪らずに額に手を遣る。あちらでの生活はギルベルトには堪えなかったのだろうか。そんな筈はない。その証拠に彼の嘗ての色や体格は失われてしまっている。以前ならば先程のように俺の前で目に見えて取り乱すようなこともなかった。

「な、ルッツ…お前の手で傷付けてくれよ、今のが分かんなくなるくらいに」

 手を引かれ、傷に掌を重ねられる。妖しい紅の誘惑に俺はごくりと喉を鳴らした。



 それの弾力を確かめるように手の中で撓らせると、ギルベルトは恍惚とした息を吐いた。ベッドに伏した裸体は期待にほんのりと染まっている。所狭しとつけられた傷を見下ろして、俺は徐に腕を振り上げる。振り下ろせば空気を鋭く切り裂く音と、皮膚の裂ける音。それから甲高い悲鳴が上がった。

「ふぁあっ! ぁ、あー…」

 びくんびくんと体を震わせて、ギルベルトは荒い呼吸を繰り返す。その胸に一筋の赤い痕。振り下ろした短鞭はその皮膚を薄く裂き、鮮血を滲ませる。
 俺のこの性癖を昔からギルベルトに知られていたとはいえ、彼に鞭を向けたことは一度とてなかった。精々拘束したり、少しばかりの意地悪を仕掛けるくらいで。俺はギルベルトを痛め付けたい訳ではないのだ。その泣き顔を愛しいと思うことはあっても。
 だから──だから、ギルベルトに鞭を振るうのには抵抗があった。だが一度振り下ろしてしまえば、躊躇いはどこかへ飛んでいってしまった。その表情に、声に、反応に煽られて俺は繰り返しギルベルトの肌に鮮血を散らす。涙を浮かべて声を上げる様は実に艶めかしく扇情的だった。幾重にも重なった傷が古傷も生傷も覆い隠していく。
 ギルベルトはシーツを掻き掴んで衝撃に耐えている。だがその口元がうっすらと笑んでいるのを俺は見逃さなかった。慈母のようなアルカイックスマイルを浮かべたまま、虚空に投げ出されていた視線が俺を捉える。途端にギルベルトはさも幸せそうにその笑顔を蕩けさせる。
 純真な子供のようなそれに、刺激されたのは何故か加虐欲だった。もっと苦しめて追い詰めて泣きじゃくる様が見たいと心の中で囁く声がする。いつもは理性で押さえ付けるそれを、俺は敢えて放置した。

「随分と嬉しそうな顔をするな、ギルベルト」
「だ、て…お前の痕、こんなにいっぱい、」

 言いながら白い指先が己の傷の上を辿る。滲み出した血が指に引き伸ばされて、不格好な絵画の線のように広がった。
 いつから俺の兄はこんなマゾヒストになってしまったのだろう。分かたれる以前はそんな様子は微塵も見せなかった。寧ろ軽く縛る程度のことも嫌がったくらいで、どちらかといえばサディストの気があった筈だ。それなのに。
 こうも変わってしまったのは、やはりあの男のせいなのだろうか。そう思うと腑が煮えくり返る。だが、性質が損なわれてしまったからこそギルベルトは俺の行為を受け入れてくれる。こうして熱っぽい視線で先を促してくる。そういう風に考えれば少しは溜飲が下げられた。本当は俺が手ずから、そうしてやりたかったのだが。

「もっとしろよ、ルッツ…二度と消えないくらいに刻み込んで」

 ギルベルトが紡ぐ言葉は甘い毒だった。その味に惑わされて何度も口にする度に、体も思考も次第に言うことを利かなくなっていく。自分が啜っていたのが毒だと知った時には既に、それは回りきっている。何もかも手遅れ。一滴でも口にしてしまった時点で、終焉は定められたも同然なのだ。だが、だから何だというのだろう。俺はギルベルトとならば墜ちても構わない、地獄へでも煉獄へでも。
 血に塗れた鞭を放り、俺は身を屈める。僅かに反応を見せているペニスを口に含むと、ギルベルトは切なげに腰を震わせた。

「ぁ、あぁ…っ! ひっ…あぁあああ!」

 次第に勃っていくそれを丹念に愛撫しながら、脚に穿たれた銃創に爪を立てる。まだ塞がって間もない様子だったそこは、簡単に皮膚が破れ血を流した。鼓膜を揺らす声が心地好い。相当痛む筈だが、ギルベルトに萎えさせるような様子はない。それどころか体は悦んでいるようでさえあった。先端から溢れ出してくる先走りを舌先で掬い、わざと音を立てて啜ってやる。顔を真っ赤にして込み上げる性感に耐える姿は何ともしおらしい。

「イってもいいぞ」
「ゃ、やだ…俺ばっかり…っ」

 優しく告げてやるとギルベルトはふるふると首を振った。あぁ、何て健気な。反抗的な態度も非常にそそって蹂躙してやりたくなるのだが、これはこれでなかなかに、いいものだ。窺うように見つめてくるギルベルトに俺はにこりと笑い掛ける。

「それなら貴方の好きなようにするといい」

 そう告げれば、ギルベルトはのろのろと体を起こした。ぺたりとベッドの上に座り込んで、鼻先がスラックスの股間に寄せられる。許可を請うように見上げられたから髪を撫でてやると、ギルベルトの歯はそっとジッパーを噛んだ。ちりちりと音を立てながらゆっくりと下ろされるそれを見ながら、俺は遠い目をするのを禁じ得ない。どこでそういうことを覚えてくるんだ、一体どこで。まさかあの男に教え込まれたのではないかという疑念が頭を過ぎったが、それはひとまず捨て置いた。
 ギルベルトが薄く口を開き、既に天を衝いている俺のペニスに唇を寄せる。一旦奥まで咥え込まれ、窄めた唇で扱かれる。裏筋を何度も行き来して絡められる舌に、予想以上に追い詰められた。
 俺は熱い息を零しながら無防備に晒されている背中の傷に指を這わせる。爪先で強くなぞるとぞくりとギルベルトの背が反る。だが舌は変わらず動き続け、歯が当たることもなかった。ただ走る痛みに耐えるようにきゅうと足の指が丸められる。

「自分で準備出来るだろう?」
「ん……ふ、んぅ…は…ぁ」

 熱心に咥えたまま、ギルベルトの指がそろりと後ろに回る。戦慄く膝を何とか立てて腰を上げ、指は少しずつアヌスに埋められていく。深い息を繰り返しながら、ギルベルトはじわじわと粘膜を質量に慣れさせている。自分の指を突っ込んで目茶苦茶に掻き回してやりたい衝動に駆られたが、それは何とか押し止どめた。
 その代わりに放ってあった鞭を拾い上げて、先でギルベルトの背中を撫でるようにする。軽く叩くとひっと喉から声が漏れた。丁度深い裂傷の部分に当たってしまったらしい。涙で潤んだ目がちらりと俺に向けられる。それからゆっくりと、それでも確実にフェラチオが再開される。アヌスに入れられた指も恐る恐るといった感じで動き始めた。
 鞭が触れる度に締め付けてしまうらしく、解そうとする動きは酷く遅々としている。手を貸してやろうと、俺はベッドの脇に置いておいたものに手を伸ばす。

「っ! ぁ、んん……く…ぅあっ」

 どろりと粘着質にギルベルトの肌に伝ったのは透明なジェルだ。その滑りの助けを借りて、指は漸くスムーズに動き始める。その代わり漏れる喘ぎで口が留守がちになってしまうのだが、それは大して気にならなかった。なかなかイイ場所が見付からないのか、ギルベルトは焦れったそうに腰を捩らせる。眉を寄せて感じ入っている姿は、どうしようもなく可愛らしかった。
 まだ十分ではない、そう分かっているのに、俺は欲求を抑えることが出来ない。

「ギルベルト……おいで、」

 声を掛けるとギルベルトは驚いた風もなく、こくんと頷いた。マットレスに日本でいうところの胡座を掻いた俺を跨ぐようにして、少しずつ落とされる腰。亀頭が触れた拍子にギルベルトから怯えたような声が上がる。それは俺が彼に無体を強いるきっかけになるには、十分過ぎた。

「あっ、あ、ふあっぁアああッッ!」

 腰を掴んで引き摺り落とすと、ギルベルトは電気を流されたように硬直した。それから瘧のようにぶるぶると震えて、脱力した体を預けてくる。汗ばんだ額から前髪を退けてやり口付けを落とすと、犬が懐くように顔を擦り寄せられた。間近で繰り返される呼吸音は荒くはあるが、苦しげではない。
 そのことを確かめてから俺はギルベルトの腰を掴み直す。そこにも傷があるのは分かっていたが、構わず力を込めてやった。

「んあっ…ぁ、は、ぁあ、あ、あ、あっ」

 小刻みの律動に上がる声は甘やかだ。腰を揺する度にギルベルトは内壁を敏感に反応させる。くたりとしていた体は暫くすれば自立する力を取り戻したようだった。
 俺の動きを制するような気配を含んで、片手が肩に置かれる。もう片方は肩から後頭部に回された。より近付く体、座位である為に目の前にある白い首筋に、俺は歯を立てた。うっすらと傷跡のある皮膚を、食い破る。きゃん、ギルベルトは犬のような声を上げて身を竦める。
だが俺を受け入れているアヌスはぎちぎちと締め付けてきた。放置されたペニスも硬度を保ったまま先走りを流している。

「イヤらしい体だな」
「ぁ…ルッツ、もっと…もっとぉ」

 髪を掻き掴まれ、引かれる感覚に俺は顔を上げる。ギルベルトは覆い被さるようにして口付けを求めてくる。唾液に濡れたそれに軽く噛み付いてから、深く唇を合わせた。舌を絡め唾液を混ぜ合わせて、やはりギルベルトは嬉しそうに目を細める。
 こんなに手酷く扱われて詰られて尚、どうしてそんな表情が出来るのだろう。俺には到底理解出来そうにもない。
 唇を重ねたまま突き上げればくぐもった嬌声が口の中で跳ねた。

「は…ぁっ、ひぁん! あ、あッ、ぁあああっ」

 息苦しいのか首を振ってギルベルトが顔を離す。
 奥へ奥へと突き入れたい、貫通願望のようなものに衝き動かされて、俺は強く腰をぶつけた。ひぃ、喉を鳴らしてギルベルトは目を白黒させる。構わずに押し進めれば軽い抵抗感と共に侵入を阻まれる。くん、くん、と軽くつついてみるのだが、どうも腸壁はそれ以上異物を迎え入れる気がないようだ。更なる奥に繋がる入口は堅く口を閉ざして、こちらを歯牙にもかけない。
 突き破ってやりたい、そう思うが、流石に今すればギルベルトは確実に意識を飛ばしてしまうだろう。ただでさえ全身の傷に体力を奪われている身であるのだから。
 ただサディスティックな欲望の発露というのは、自分でもいつ来るか分からない程に感情に不随意だった。少しばかり苛めてやりたくなって、俺はそのまま先端でごりごりと壁を突いてやる。髪を振り乱してギルベルトは高い啼き声を上げた。

「いや、ルッツルツ、奥ゃ、らめ、いやぁああああ!」
「くっ…ギルベルト、兄さん」
「いやっいや! だめ、むり、奥むりぃい!」

 舌足らずな拒絶に興奮は余計に煽られる。痛いくらいの締め付けに萎えるどころか質量を増すなんて、我ながら溜まっていると思う。この数十年間、鬱々とした欲求を発散させてくれる相手が側ないなかったのだから仕方ないのだが。
 その手のことを生業としている女を相手にするのは、俺の性分には合わなかった。こういうことをするのはきちんと心が繋がった相手としたい。体だけの関係と割り切るのは、苦手だ。そんなことを言ったらこの兄はまだまだ子供だなと、俺のことを笑うだろうか。
 汗の伝う首を舐め上げるとびくびくとギルベルトが体を跳ねさせる。

「や、やだぁっ、ルツ、ルッツぅ! ひっ、イく、イっ、ぁあああああーー!!」

 ひくひくと口を開閉させている尿道に爪を立てると、びんと背が突っ張る。指の先までをがくがくと痙攣させて、ギルベルトは精液を溢れさせた。それは汗と血に混じって複雑な模様を描く。
 ぐったりと凭れ掛かってくる体。俺は肩口の傷に遠慮なく指を食い込ませ、奥深くに精を注ぎ込んだ。何度か小さく腰を振り最後の一滴まで出し尽くす。
 どろどろになった体を撫でてやっていると、もぞ、と億劫そうにギルベルトが体を動かした。驚いたことに失神しなかったらしい。彼は俺を緩く抱き締めて笑みを浮かべる。その瞳の深奥でちらりと瞬いた碧に、俺はあぁと溜め息にも似た息を漏らした。






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