ずっと、ずっと、想い続けていた。その想いは秘めておくつもりだった。彼が同じような気持ちを抱いているのは知っていた。けれど、確信が持てなかったから。それでも、訊くことは出来なかったから。何よりも──許されることではないと、分かっていたから。
 長く長く、隠してきた想い。それがつい弾みで零れてしまったのは、たった、今、だった。
 ギルベルトは呆然としていた。勿論目前の、ルートヴィッヒも。
 弟よりも少しばかり立ち直るのが早かったギルベルトは、どうしたものかと眉根を寄せる。弾みで、こんな風に言ってしまうなんて思いもしなかった。
 しかもルートヴィッヒはちゃんと意味を捉えている。親愛でも友愛でもない、感情の意味を。それは多少なりとも期待をしていいということなのか。それとも、拒絶を覚悟するべきなのか。ギルベルトは計り切れずに、ルートヴィッヒを見つめるばかりだ。
 鼓動は戦場で背水の陣を敷いた時の何倍も早い。どくどくと脈打つのが煩いくらいだった。
 ギルベルトは静寂が居た堪れなくなり、そっと息を吸う。紡ごうとした言葉はしかし、音になる前に消えた。ルートヴィッヒが口を、開いたので。

「、兄さん」

 声は震えているというよりも、寧ろ凍て付いていた。不自然に堅い声音が耳を打つ。それが提示する答えなど簡単に予見出来た。けれど、ギルベルトは待つしかなかった。
 冗談だと誤魔化すには想いが胸の内で膨らみ過ぎていたし、予測だけで諦めるのは性分が許さなかった。この想いを断ち切ることが出来るものがあるとすれば、それは恐らくルートヴィッヒの言葉、その鋭い刃だけだ。一縷の望みを断ち切る死神の鎌が振り下ろされるのを、ギルベルトはただ待っていた。けれどそれはなかなか、持ち上げられもしない。
 ギルベルトはそろりと視線を動かして、ルートヴィッヒを窺い見る。彼は碧眼を床に投げて、表現を選び兼ねているような様子だった。瞳の奥に映るのは戸惑いと、緊張にも似た何か。

「…俺とて貴方を愛している。だが」
「だが?」

 途中で口を噤んでしまうルートヴィッヒを、ギルベルトは静かに促す。
 逸る気持ちはそう長々と抑えられるものでもない。だが、と言われた時点で、望みなど薄皮一枚でしか繋がっていないのに。
 ルートヴィッヒは視線を動かさない。彼の目は床の一点を見つめ続ける。きっと視界にはギルベルトの体の端も入ってはいないのだろう。

「俺の感情は貴方のそれとは…違う」
「どういう風に?」

 まるきり道理の分かっていない子供のような問いだと理解していた。しかしギルベルトは問わずにはいられなかった。決定的な一言が欲しかったのだ。傷付けないように遠回しにした言い方などで壊してしまえる想いではないから。
 ルートヴィッヒは居心地が悪そうに、視線を少しばかりずらした。それでもやはり見つめるのは足下、床の一点だ。目を合わせようとは露程も思っていないらしい。それがどうしてなのか、ギルベルトは知りたかった。自分とルートヴィッヒが抱いている感情がどういう風に違うのか、ギルベルトは知りたかった。
 幼い頃に、人の目を見て話せとルートヴィッヒに教え込んだのは、他でもないギルベルトだった。大切な話の時は特に、そうしろと。口に出すのが真実でも嘘でも、それが礼儀というものだから。相手の目を見て言えないようなことはそもそも口にしようとするな。そんな言い付けを、ルートヴィッヒは実によく守ってきたように思う。
 だが、今はどうだ。彼の碧眼はギルベルトを捉えない。目どころか体のごく一部、たとえば指の先さえ見ていない。逸らされ続ける視線。それが何を意味するのか、ギルベルトは知りたかった。

「俺は貴方を……家族として、愛しているんだ」

 それは──それは、断頭台の刃としてすっぱりと想いを断ち切る筈だった。だがギルベルトの心には、まだ狂おしい感情が消し去られずに残っていた。未練故ではないと、断言出来る。
 ルートヴィッヒが本心からそう言っていないからだ。家族として愛しているのだと、本心から言った訳ではないからだ。
 ギルベルトは一歩距離を詰める。ソファに座るルートヴィッヒとの間が、少しだけ狭くなる。彼はびくりと肩を揺らして、それでもやはり視線を上げはしなかった。知らず自分を抱き締めるようにしていた腕の力を僅かに抜きながら、ギルベルトは口を開く。声は何とか喉に張り付かずに外に出た。

「それ、俺の目を見て言えよ」
「………」
「なぁ、ヴェスト、ルッツ、ルートヴィッヒ。何でお前はずっと俺を見ないんだ?」

 責めるような調子になってしまったと思う。
 ルートヴィッヒは顔に何とも言えない表情を張り付かせて、眉間の皺を深くする。反論はない。答えもない。それ以上の反応も、ない。
 ギルベルトは口の中で舌打ちをすると、ずかずかとルートヴィッヒに詰め寄った。抵抗される前に逃れられない位置に陣取り、無理矢理その目を覗き込む。そこにはやはり戸惑いがあった。それから緊張も。それ以外の、確かな感情も。

「…離してくれ」
「嫌だ」

 呻くような声を一蹴し、ギルベルトは真正面からルートヴィッヒを見据える。口で答える気がないなら、答えることを拒む目に聞くまでだ。目は口程にものを言う、という諺もあることだし。
 うろつくルートヴィッヒの瞳は、この期に及んで尚、ギルベルトを見ることを拒否していた。ともすれば焦点を暈してしまおうとするのを、強引に自分に向けさせる。
 そしてギルベルトは、今一度同じ言葉を投げ掛けた。

「俺の目を見て言えよ…家族として愛してるんだって、言ってみろ」

 ルートヴィッヒは何も言わない、答えない。それでもほんの一瞬、瞳の奥底で本音がちらついたのを、ギルベルトは見逃さなかった。






言い訳はいらない
(ただ愛の言葉だけが欲しいんだ)






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