ギルベルトの遊びというのは様々な事象が重なりあった時に結構な頻度で偶発する。
 今回はその事象が週末、掃除、過去の遺物であった──ただそれだけなのだと、思う。思う、が、俺は起きている事態に、対応する機会を完全に逃していた。
 ちょっと来いよと呼ばれて行ったのは物置にしている部屋の一室だ。家具を日焼けさせない為に分厚いカーテンが引かれているせいで室内は昼間でも薄暗い。その中にギルベルトはいた。が、俺は一瞬それが自分の兄であると認識することが出来なかった。現代の日常と余りにもかけ離れた服装をしていた、ものだから。
 彼が身に着けているのは大戦の頃の軍服、それもM32型だ。悪名高い、良くも悪くも有名極まりない黒服。襟には銀糸のルーン文字の襟章と大将を示す柏の襟章が縫い付けてある。袖には“Deutschland”のカフバンドがあった。トーテンコップつきの制帽を被りタイを締め、鉄十字を嵌めればもう完璧だ。
 この姿で外に出れば見付かり次第逮捕されることが3歳児でも明白な程に当時に忠実な軍装。手の皮手袋まで如何にもな時代物、ということはそれも引っ張り出してきたのだろうか。制帽の庇の下から冷たい視線を向けられると、俺は一瞬怯んでしまう。
 この時分、俺はギルベルトの部下として従軍していた。普段は俺には格段に甘い兄も、戦時にはその態度をちらとも出さなかったものだ。飛ばされる命令、若しくは叱責の嵐。見慣れた筈の雄々しい表情が、その時ばかりは恐ろしいものに見えた。冷徹な碧であった瞳は、今は血を凝らせた紅だ。それだけで随分と印象が変わるものだが、どういう訳だか畏怖のような感情は微塵も薄まらなかった。
 じりじりと視線を逸らそうとすると、ギルベルトはくぅっと口元を歪めてみせる。勝気で挑発的な笑みも着ている服が違うだけで印象をがらりと変える。俺は戸惑いを拭えないまま、出来るだけ平静を装って口を開いた。

「何をしているんだ、兄さん」
「上官を兄呼ばわりするなと言ったろう、ルートヴィッヒ」

 先程の呼び声とは打って変わり、ギルベルトの声は重く冷たい。俺は思わず生唾を飲んだ。今のギルベルトには常の、子供っぽささえ感じさせる様子がどこにもない。本当に大戦の時のようだ。
 ギラつく真紅の瞳が俺を真っ直ぐに捉え、無性に息苦しくさせる。ギルベルトの足元にはそれまで着ていた服が脱ぎ捨てられている。服と一緒に終戦後の記憶や体験までもを捨ててしまったように見えて、背筋がぞくりとした。そこにいるのは確かに俺の兄であり愛しい人である筈なのに、いまいちその実感が持てなかった。
 緩く握り込む拳には僅かに汗が浮いている。緊張、しているのだろうか。昼間で締め切った部屋の中とはいえ、初冬では汗を掻く程の室温はない。
 くふくふくふ、ギルベルトはいやに楽しそうに笑って──急にいつもの様子に戻った。

「なぁにビビってんだよルーッツ? あの時のこと思い出して怖くなっちまったか?」
「っ、からかわないでくれ!」
「だってお前面白いくらいに固まるんだもんよ。からかいたくなるじゃねぇか」

 喉を鳴らしながら緊張感なくギルベルトが距離を詰めてくる。身を寄せられて感じたのは防虫剤の匂いだ。キツいそれについ顔を顰める。着ている本人は全く気にしていないのか気付いていないのか、平然としているのが何だか奇妙な感じだった。もう既に鼻が慣れたのかもしれない。ギルベルトがこの部屋に籠ってから随分時間が経っているから。
 そんな長い時間何をやっていたのかとざっと室内に視線を巡らせれば、開けっ放しのクローゼットが目についた。その側に放り出されているのは様々な年代の衣装だ。近いところでいけば大戦中の各種軍服、遠いところでいけば騎士団のものか。武勇伝でしか聞いたことのない時代の衣装も幾つか見える。どれも多少痛みはきているが、専門家からすれば垂涎ものばかりだろう。
 ギルベルトというのは意外に物持ちがいいのだ。扱いには俺が今目にしているように、些かぞんざいな面があるものの。
 それにしても禁制品とも言うべきものを一式きっちりと取ってあったのには、実にびっくりさせられる。罪の追及を恐れて元隊員が処分をした為に、現存する当時のものは数少ない。その中でも一番状態のいいものが、恐らくギルベルトの着ているものに違いなかった。毛羽立ちも皺もない、ぴしりとした黒の軍服。それは数多の愛好家がいるのがよく分かる程に、美しい造形をしている。
 着ている人が人なだけに、倒錯的な色気を感じる程だ。そのストイックな風貌を乱してやりたくなる。当時は自分の感情を明確に理解していなかったから、そんな衝動を覚えることもなかったのだが。
 じっと見つめると、ギルベルトは不思議そうに首を傾げてみせる。あぁ、その格好でそんな隙だらけの表情を見せないでくれ。いつの間にか制帽の上に乗った小鳥が雰囲気に実に不釣り合いで可愛らしい。子供が父親の制服を着て胸を張っているのを見たような、生暖かい気持ちにさせられる。
 そういえば少し肩が余っているな。やはり痩せた、のか。この分だとズボンのウエストも緩くなっているんじゃなかろうか。

「何だよ、新手の視姦か?」
「…兄さん」
「ちょ、どこ触ってんだお前! っていうか何盛ってっ、」
「貴方が誘ったんだろう」
「誘ってねぇよ!」

 腰に腕を回すとギルベルトは慌てたようにじたばたと抵抗し出した。その動きは着ている軍服に不釣り合いだ。この頃は本当に誰にも隙など見せなかったというのに。どんなに辛い状況でもこんな風に、涙目になどならなかったというのに。不必要に声を荒げて、弱い犬程何とやらな様子を見せることなど、なかったというのに。
 まぁあの頃のギルベルトは弱くなかったからな。今でも全然弱くないが、あの時と比べれば衰えたし、俺には余計に甘くなった。だから俺が本気を出せば、これくらいの抵抗は難なく押さえ込める。
 筈、だったんだがな。

「いい加減にしろルートヴィッヒ!」

 腹に力を入れた怒声、迫力のあるそれに俺はびくりと動きを止める。どうにも、ギルベルトのこの格好には弱いようだ。どうしてこんな刷り込みが出来てしまっているのかはよく分からない。分からないが反射的に言うことを聞いてしまうのだからどうしようもない。
 動停止した俺の腕の中からもぞもぞ這い出し、ギルベルトはうがぁっと怒ったような顔をしてみせる。そんなコミカルな表情、可愛らしさを助長させるだけだぞギルベルト。何だって黒服を着ていてそんなに可愛らしく……まさかこれがギャップ萌か、そうなのか菊!
 神の啓示を受けたようになっている俺を見るギルベルトの目は怪訝そのものだ。少しばかり怯えているようにも見えるのが何とも、欲を煽る。
 にこりと微笑むとギルベルトはずざざざざっと盛大に後退った。犬が敵を威嚇する時のように唸り声が漏らされる。だがその目には鋭い眼光ではなくうっすらと涙。どう見ても愛らしい、それ以外の何物でもない。

「あのな、俺はお前に襲われる為にこんな格好をした訳じゃなくてだな、」
「言い訳はしなくていい。コスチュームプレイがしたいならそう言ってくれればよかったものを」
「だっから違ぇえええ!」

 勘弁してくれという響きを存分に含んだ叫びを、俺は意図的に聞こえなかったことにした。



「どうかしましたか、バイルシュミット将軍?」

 はぁー、と深く吐かれる溜め息に俺はゆったりと声を上げる。
 ギルベルトは部屋にあった椅子の一つに尊大な態度で腰掛けていた。足を組み片肘をついて手を額に当てる格好、それはまるで芳しくない戦況に頭を悩ませる指揮官のものだ。
 コスチュームプレイには付き物のロールプレイ、に乗り気なのは主に俺だけだ。ギルベルトの今の態度はシチュエーションに合わせたものではなく、単に「俺は付き合わないぞ」という意思表示である。その割には服を脱ごうとしないのだから、口で言う程嫌がっていない気がするのだが。
 俺の都合のいい解釈だと言われれば実にその通りだ。しかし実際のところ、最終的にギルベルトは俺に付き合ってくれるのだろう。というかそうせざるを得なくなる。とっくに調教済みの人をどうしたら煽ってその気にさせられるのか、俺はしっかりと心得ているから。
 ギルベルトは気怠げな様子で何でもないと首を振り、また溜め息を吐く。如何にもやる気がない態度に俺は口を開きかけ、途中で止めた。

「駄目だ。てんで駄目だ。こんな部隊で何に勝つつもりだ? 数を揃えればいい子供の喧嘩とは訳が違うというのに」

 ギルベルトの口が紡ぐのはいつかどこかで聞いたような台詞、声音は硬い。俺は控えるようにして立っていた椅子の斜め後ろから、少しだけ移動する。見下ろすような位置、よく表情の見えるところへ。
 ギルベルトの目は思案に耽る士官のそれだった。見えない勢力図でも凝視しているかのように、その視線は宙の一点に注がれている。
 ぞわぞわと堪らない感覚が背筋を撫でた。そう、俺を部下としてつれて歩いていたあの短い期間中、ギルベルトはこんな調子だった。歴戦の将であるが故に、兵に対する不満がどうにも抑えきれなかったらしい。こんなことで敵に勝てるかと訓練ではよく怒鳴り散らしていた。確かに俺の目から見ても酷いところがあったから、俺は窘めることをしなかった。そうして自分に矛先が向くのを恐れていた節も、ない訳ではないと思う。
 じっと見つめていると、不意にギルベルトがこちらを向いた。目は俺を品定めするように動き、するりと逸らされる。口から吐き出されるのは失望を凝り固めたような声、それが俺の耳を打つ。

「しかも副官がこれじゃあな…おい、何さっきから飢えた目でじろじろ見てる」
「…そんなつもりは」
「そうかよ。なら無自覚ってことか? 余計に質が悪い」

 言いながら手招かれるのに従って彼の前まで移動した。見下ろす顔、目元の表情は鍔に隠されて窺えない。口元に点された冷笑は果たして演技だろうか。嫌がっていた割には意外と乗っているではないかと思いながら踵を合わせる。昔懐かしい直立の姿勢は意識を過去に溯らせる。
 真っ先に思い出すのは厭われている数多くの事象ではなく、ギルベルトの姿だ。強く美しい、兄。あの時分、俺はまだギルベルトを憧憬の的にしていたと思う。こんな邪な感情は微塵も抱きはしなかった、筈だ。
 過去を髣髴とさせる状況、それなのに兄を見る己の目がその時とは違うというのは、何故かざわざわと欲を刺激した。尊大な態度をとるこの人を、引き倒して組み敷いてやりたい。勝気な表情に隠されている怯え泣く顔を、暴き晒してやりたい。込み上げるサディスティックな感情を抑え、俺はギルベルトを見つめる。

「跪け」

 さも当然のように言われた言葉に俺は眉根を寄せる。
 ギルベルトは相変わらず口元しか見えない顔に嫌な笑みを浮かべていた。足を組み替えながら、僅かに顔を上げたギルベルトが俺を見る。鍔の影になった瞳は茂みの中から獲物を狙う肉食獣の如く、ぎらぎらと光彩を放つ。鮮やかなルビーがどろりと淀む血の紅に見えたのは、きっと気のせいだったのだろう。

「忠誠こそは我が名誉、だろ? ちゃんと出来たら褒美をやろう…男相手に欲情する嘆かわしい変態に」

 口にされるのはあの頃声高に叫ばれていた言葉。祖国の為──俺の為に、忠誠を尽くし戦うことが名誉であるという、それ。
 言葉に従う形で膝を折ればギルベルトの笑みは深くなる。床に片膝をついて頭を垂れる様はまるで許しを請うているようだ。俺が請うているのはそんなものではなく、目の前にいる兄であり恋人である人なのだが。
 足元から視線を上げると、漸く顔全体を見ることが出来た。ギルベルトはまた肘掛けに肘をつき口元に手を添えて、俺は舐めるような目付きで注視している。どこまでも大きな態度、それをいつまでとり続けることが出来るのだろう。ストイックな軍服に淫乱な体を押し込めた、この人は。
 試してみたくなって、言われてもいないのに顔をブーツに寄せる。防腐剤の臭いがつんと鼻を突いたが、俺は気にせずにべろりと古い革に舌を這わせた。組まれた足がぴくりと跳ねるも、俺が手を添えている為にそこまで強い抵抗は出来ない。慈しむように丁寧に舌を滑らせ、甲の部分に柔らかく口付ける。
 ギルベルトを見れば嘲るような表情に、ほんの僅かに欲を滲ませていた。それを払う為の緩い瞬き、再び現われた瞳は俺を睨め付ける。

「本当にどうしようもない奴だな。浅ましい。俺のブーツは美味いか? 犬みたいにべろべろ舐めやがって。あぁだが犬の方が幾分か利口だ。なぁ?」
「…貴方は美味しいですよ、どこでも」

 詰る言葉に馬鹿正直に答えつつ、俺は足首辺りに歯を立てる。厚い革に阻まれてそう感覚はないだろうに、ギルベルトははぁっと熱い息を漏らした。浅ましい変態に靴を舐められて感じている自分を、この人は一体何だと言うつもりだろう。こんな行為に煽られて欲情し、愉悦に浸った表情をして。
 俺の観察する視線に口元の手は本格的に喘ぎだか笑みだかを隠し始める。そんな余裕は後々に剥ぎ取ってやる。だから精々今のうちに、傲慢な態度を見せ付けておいてくれ。
 ギルベルトは決してマゾヒストではない。どちらかと言えばサディストの気がある人で、昔はそれを前面に押し出していた。国として、特に戦う為に生まれたのであるから、その性質というのはある意味で当然に持ち得るものだったのだろう。だがその性癖が俺に向けられたことはなかった。俺は彼にとって唯一の、守るべきものであったから。
 声を荒げ叱咤されたことは何度となくある。だがそれは常に俺の為であり、己の欲を満たす為の理不尽なものではなかった。恋人同士になった後も、俺が有無を言わせず組み敷いてしまったせいで、その傾向が向けられたことはない。勝手に上に乗ってきて好き勝手にやられることはあったが、あんなことは可愛いものだ。俺からすれば構って欲しいのに相手にされなくて拗ねたようにしか見えなかった。
 よって演技であれ何であれ、こうしてギルベルトに詰り蔑まれるというのは、初めてのことだ。実に楽しいと思う。この人の性質を知っていればこそ。
 するすると上まで顔を上げていき、ズボンとの境目を甘噛みする。ふぁ、漏れた声は甘かった。

「どうしました、そんな声を出して」
「あ…やめ、ろ」

 編み上げの紐を解いてブーツを脱がせていくのに、細い制止の声が掛かる。
 俺は気にせず足を抜き出して、素足の甲にも口付けた。きゅうと足の指が丸められる。逃れようと足を引く動作は、足を組んでいて尚且つ俺が掴んでいる為に上手くいかない。必死で声を出さないように堪えているのが愛らしい。
 俺は笑みを浮かべながら、足指を一本口に含む。唾液を絡ませてじゅるじゅる音を立ててしゃぶってやると、痙攣するかのように足が震えた。一本一本、丁寧に愛撫していく。ギルベルトはうっとりと顔を緩ませ、先程までの態度を失していた。
 もう少し耐えてくれるものと思っていたが、買い被りだったか。俺は足から口を離し、ギルベルトの口元を覆っている指に寄せる。かぷりと噛み付くと、はひ、と喉から引き攣ったような息が漏らされた。

「どうしてそんな顔を? 貴方が望んだことだというのに」
「うぁ、あ…」
「浅ましい変態に足を舐められて欲情している、貴方は自分を一体何だと言うおつもりで? 犬と言うなら貴方の方が余程似合いですね…こんなに涎を垂らして、餌が与えられるのを待っているのだから」

 耳に押し込むようにして囁く声に、ギルベルトはいやいやをするように首を振る。少しばかり汗ばんだ体臭が香って、俺の劣情を煽り立てた。
 股間に手を伸ばせば、そこは緩やかに勃ち上がって布地を突っ張らせている。指で擦るとくちゅと小さく水音が上がり、びくんとギルベルトが体を跳ねさせる。だが瞳にはまだ少しばかり虚勢が残っていた。息を乱しながら口にされるのは最後の足掻きとも言うべき台詞だ。

「誰が触っていいっつったよ、駄犬が。そんなにしたけりゃ懇願してみせろ。お前に相応しい言葉でな」

 くぅっと俺は目を細め、ごく間近で舌を出してみせる。鼻先につきそうな位置で舌舐めずりを一つ。それから求められているものを口にしてやる。わざわざ卑猥な単語を選ぶのは、よりイヤらしさを感じさせる為だ。
 これからされることを言葉でも刻み付ける。そうして俺は恐ろしく美しい上官から、淫乱で愛らしい恋人へと、兄を引き摺り下ろす。

「はっ、いいぜ…精々頑張ってご奉仕しろよ」
「Jawohl」

 許可が降りると同時、俺は再びギルベルトの前に跪いた。組まれていた足がするりと解かれる。
 どうしてやろうかと僅かに止まって考えて、それからファスナーに鼻先を寄せた。歯でホックを外してじりじりとファスナーを引き下ろし、下着からペニスを取り出す。先端に口付けると、半勃ちのそれは目に見えて反応する。裏筋の血管を尖らせた舌先で辿り、亀頭を口の中に咥え込んだ。
 そうしながら手はギルベルトの足を広げさせ、ブーツを抜いた片足からズボンを脱がせていく。何も言わずとも軽く腰を浮かせて脱がせやすいようにしてくれるのが何だかおかしかった。先程までの態度はどこへやら、だ。
 びくびく反応するものを喉の奥まで迎え入れて、口を窄めて扱くようにする。ギルベルトは腰を捩ってずるずると座る角度を浅くする。滑り落ちるようなそれが危なっかしく、俺はズボンを抜いた方の足を肩に引っ掛けさせた。そうするとギルベルトが背凭れに背中を預けている為にアヌスがよく見えるようになる。そこはヒクついて、早く欲しいと強請っているようだった。
 ギルベルトを見るとこちらも物欲しそうだったので、俺は要望に答えてやることにする。赤い粘膜に添えた指を第一関節まで、捩じ込むようにして含ませる。

「ぁっ、ばか、いきなり入れんなぁ…!」

 きゅうっと入口を収縮させ、ギルベルトが呻いた。だがその声にも睨んでくる目にも迫力はない。寧ろ可愛げがあるくらいだ。滑りの足りないアヌスに突っ込んだ指は僅かに入口の肉を巻き込んでいる。このまましたら痛そうだななどと思いながら、しかし俺はもう一本指を増やしてしまう。
 ひう、喉を鳴らしたギルベルトが髪を引っ掴んでくる。せめてもの抵抗といったところか。だがそのまま髪を引き千切られそうな気配があった。全く隙も油断もあったもんじゃない。
 俺は予防の為に、先走りを零す尿道口に微かに歯を立てた。

「あぁっ…や、ふぁ、あん!」

 びくんっ、背中に乗っている足が跳ねる。
 ふっと指に籠っていた力が抜けたのを見計らって、突っ込んだ指を第二関節まで。本当は全部咥えさせてやろうかと思っていたのだが、締め付けのキツさに自重しておいた。
 ふるふる体を震わせて息を乱すギルベルトの頭の上で制帽が脱げかかっている。このまま被っていても邪魔なだけだろうと、俺はそれを取って手近な椅子に放る。指を中に入れたままだったから、振動が伝わったのかギルベルトが小さく喘ぐ。
 制帽に触れたせいかお蔭か、俺の思考にギルベルトは今黒服を着ているのだという意識が戻ってくる。畏怖と共に憧憬されてもいた人を、こうして喘がせている。どれだけ望んでも誰も手に入れることが出来なかったこの人を、俺は手に入れた。抱き締めれば抱き締め返してくれる。口付ければ応えてくれるし、それ以上も、本質的なところでは拒まない。
 当時の部下たち、同僚たちがこんな俺とギルベルトを見たら、どんな風に思うだろう。嘆くだろうか、それとも──悔しがるだろうか。よく知る者の前で辱めてやるのも楽しいかもしれない。酷く怒って、拗ねられてしまうだろうけれど。
 想像の中のギルベルトが余りにも可愛らしく、昇ってくる笑みに俺はくつりと喉を鳴らす。その刺激に咥えているものの質量が増した。

「あ…は、ぁ…ああっ…」

 恍惚とした表情にざわめくのは加虐欲だ。もっと乱れさせて泣かせてしまいたいと心の中で凶暴な獣が牙を剥く。
 それを適度に往なしつつ俺はペニスから口を離した。垂れた唾液を肌に伝わせて、きちきちと締め付けてくるアヌスを湿らせる。本当は最初からそうした方がよかったのだろうが、この程度ではローションの代わりにはなり様もない。それならば異物感を感じさせて腸液が滲むに任せた方がいいし、俺も楽しめる。
 よく自覚しているが、俺の性癖は特殊だ。苦しげに眉を顰め涙する姿に欲情するのだから、先にギルベルトに詰られた通り、俺は実に変態であるのだろう。そんな俺に愛され抱かれて、ぼろぼろ涙を流しながらも善がっているギルベルトも、大概変態であると思うが。
 上体を伸ばして顔を寄せ、半開きの唇をぺろりと舐める。それから唇を重ねると、ギルベルトは自分から舌を差し出してきた。請われるままに絡め合って深い口付けをする。

「ん、ぅ…ふ……ぁ…んんっ…」
「兄さん…」

 極力甘い声で呼ばわって、曖昧に蠢かせていた指を抜き出す。ギルベルトは予期していたかのように息を吐き、ゆるゆると瞳を伏せた。片足を肩に引っ掛けさせたまま、ずり落ちてしまわないように太腿を掴む。スラックスの前を寛げ取り出したペニス、既にがちがちになっているそれを、一気に突き立てる。

「あッ、あ、ひ、んぁああっ」

 指とは比べ物にならない太さにギルベルトは目を見開き、そこから大粒の涙を零す。
 肘掛けに爪を立てていた筈の指はいつの間にか俺の背に回っていた。それがぎゅっと俺を掻き抱いてくる。震えているのは苦しいからと、快楽が強いから、どちらともが原因だろう。
 ちゅ、ちゅ、と額に何度も口付けて体の力を抜くように促してみる。可愛らしい顔をいつまでも見ていたいと思うのは山々ながら、動けないというのもそれはそれで辛い。浅く長い息を繰り返して、少しづつ少しづつギルベルトは緊張を解いていく。痛い程に締め上げられていたのが幾分か緩んで、俺は漸く動くことが出来るようになる。
 僅かに腰を引いて、奥深くまで突き上げる。容赦ない揺さぶりにギルベルトは身悶え涙を溢れさせた。それでも背中に回された指が離れることはない。寧ろより強く抱き締められて、早い鼓動を近くに感じた。不規則な荒い呼吸の合間、掠れた声は俺の名を呼ぶ。

「う、あぅ、ルツ、ああぁ、ふぁ、ぁ! あ!」

 乱暴に押し拡げる中は次第に熱く潤み、貪欲で淫乱な顔を見せ始める。腰を引く度に逃がすまいと絡み付いてくる粘膜に俺は笑い、より深くまで突き入れた。喉をのけ反らせ甲高く啼いたギルベルトが指先を痙攣させながらぐっと体を強張らせる。登り詰めそうになっているのを感じ取り、俺はとろとろと白濁を零しているペニスに指を絡めた。
 軽く扱くとびくびくびくっと痙攣が走る。感極まった声を上げかけ、だがギルベルトは息を飲む。首を振って必死で訴えるのは、普段こんな時には出されない要望だ。
 が、この時ばかりは、少なくともギルベルトにとっては必要なものだった。

「ルッツ、だめ、汚しちゃう…汚しちゃうからぁっ」
「…出していいぞ、ほら」

 もう十分に汗やらを含んでしまっているだろうと思いながら、それでも俺は服を乱してやる。ネクタイを緩めジャケットとシャツのボタンを外して、しっとりと汗ばむ肌を露出させる。ギルベルトは安心したようにほうっと息を吐き、それからまた体を強張らせた。
 俺が前と後ろを同時に攻めたからだ。ギルベルトの弱いところは知り尽くしている、それこそ嫌と言う程に。前立腺を捏ね回して根元から扱き上げると、ふぁあ!と嬌声が跳ねた。ぎゅうと背中に回された腕に力が入り、腹の上に勢いよく精液が散らされる。
 ギルベルトは満足そうにくたりと力を抜くが、俺の方はそうもいかない。ずるりと達していないものを引くと抗議するような声が上がる。それを無視する形で俺は腰を揺すった。絶え切れず漏らされる泣き声が実に可愛らしい。達したばかりの体はいつもより感じ易く、ギルベルトは絶頂時に増して俺をキツく締め付ける。
 搾り取るような動きに俺は息を詰めた。戦慄く腰を抱き寄せて、深いところに吐精する。
 かけてやりたい気がしないでもなかったが、万一服を汚すとぴいぴい煩いだろうから止めておいた。だというのに、忙しない呼吸の合間にギルベルトが馬鹿と詰ってくる。甘く掠れて消え入りそうな声は耳に心地好い。
 しかし上官を精液塗れにさせたいという欲望を理性で捩じ伏せた賢明な部下に対してそれはないだろう。それ以上の暴言を奪う為に唇を寄せると、塞ぐ直前にまた同じ言葉を吐かれた。
 そんなにぶっかけられたかったのか貴方は。



 結局2ラウンド目に突入するのは全力で阻止され、俺はギルベルトと一緒に湯船に浸かっていた。
 普段はシャワーだけで済ますことが多いのだが、事後は大抵こうして一緒に入る。ギルベルト1人で入らせると眠ってしまいそうだし、気怠さにかまけてきちんと処理をしないからだ。腹を下して辛いのは自分だろうに。
 俺の手によって洗い清められたギルベルトはぐったりと浴槽の縁に凭れ掛かっている。息をするのも億劫そうだ。目が合うとギルベルトはむっとした顔になり、ふいっと視線を逸らす。
 露骨に拗ねた態度をとられ、俺は上げかけていた声を飲み込む。こういう時、こちらから何か言葉を掛けるのは逆効果だ。言われたことに当たり障りなく返答して、それから好きなもので釣るのが一番いい。最近ではメイプルをたっぷりかけたホットケーキが主流だが、そろそろ品を変えた方がいいだろうか。
 考えていると、不意にギルベルトがしゃあっと猫が威嚇するような声を出した。すわ何事だと我に返ると、どういう訳だか俺の手はギルベルトの腰辺りを撫でていた。ふむ、無意識の行動というのは怖いものだな。

「触んな変態っ! あんな、あんなの…!」
「貴方もノっていただろう」
「ノってねぇ、誰が何と言おうと俺はノってねぇ!」

 ぶんぶんぶん、ギルベルトが首を振り、髪が含んでいる水が周りに撒き散らされる。
 あれのどこがノっていなかったというのだろうか。まぁ、あれだけ乱れたら否定したくなるのも分からんでもないが。それにしても実に楽しかったな、遺憾なく過去のサディストっ気を発揮するギルベルトを乱れさせるのは。俺からすれば──そして過去の記憶を埋めてしまえば──あの程度は可愛らしいものなので、美味しく頂いて余りある。時折ああいうプレイを差し挟むのもいいかもしれない。
 ちらりとギルベルトを見たら全速力で拒否された。まだ何も言っていないんだがな。引き寄せるとギルベルトはじたじたと暴れ、逃げようとする。
 だが狭い浴槽の中ではそう逃げ場もない。ギルベルトはすっぽりと俺の腕の中に治まる。耳朶に吹き込むようにして囁き掛けると、ギルベルトは顔を真っ赤にして俯いた。べしりと腕を叩いてくる愛しい人の額に、俺は笑って口付けを落とす。
 貴方が望むなら俺は幾らでも跪いてやるよ、兄さん。






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