こつん、と俺は冷たいそれに額を預ける。それは何もかもを遮って、閉じ込めて、凍り付かせていく。
 ──寒い。
 俺はは、と白い息を吐く。それが出来てから、夏でも冬でも、いつだって寒さしか感じない。会いたい、と心の中で呟く。
 ──寒い。
 寒くて寒くて、凍え死んでしまいそうだ。お前がいない世界は、寒くて冷たくて、息が出来ない。



 ひた、と俺は冷たいそれに手で触れる。それは何もかもを留めて、跳ね返して、押し潰していく。
──寒い。
 俺は肌を刺す冷気に身震いする。それが出来てから、常に心のどこかしらが氷に覆われている。会いたい、と心の中で呟く。
──寒い。
 寒くて寒くて、凍え死んでしまいそうだ。貴方がいない世界は、寒くて冷たくて、息が出来ない。



 二人を分断する壁が出来てから、もうかなりの時が流れた。示し合わせた訳ではない。示し合わせられる訳もない。けれど、ルートヴィッヒとギルベルトは、よく同じ時間にその壁の前に訪れた。分厚い壁は完全に彼らの間を分かっていて、体温どころか声さえも互いには届けない。
 しかしその距離の遠すぎる逢瀬は、ずっと続けられていた。相手が向こう側にいる保障などどこにもない。しかしほとんど直感的なもので、二人は確かに壁の向こうに相手がいると分かっていた。



「ルッツ…」

 俺はそれに向かって囁く。
 ルッツ、ルッツ、ルートヴィッヒ。俺の可愛い弟。お前は今一体どうしている?
 すれ違ったまま別れてしまったから、どんな思いでルッツが向こう側にいるのかが気になった。本当はちゃんと言いたかったんだ。お前に。



「兄さん…」

 俺はそれに向かって囁く。
 兄さん、兄さん、ギルベルト。俺の愛しい人。貴方は今一体どうしている?
 すれ違ったまま見送ってしまったから、どんな思いで兄さんが向こう側にいるのかが気になった。本当はちゃんと伝えたかったのだ。貴方に。



 二人はほぼ同時に天を仰ぐ。鳥になれたなら、こんな壁など易々と飛び越えていけるものを。そして再会出来る。もう何年も聞いていない声を聞き、もう何年も触れていない肌に触れ、抱き締められる。
 ギルベルトはそれに手で触れる。
 ルートヴィッヒはそれに額を預ける。

「お前に会いたい」
「貴方に会いたい」

 重なる声は決して互いには届かない。分厚い壁に遮断されてしまう。想いは心の底で次第に冷たく凍て付いていく。決して会えない、その事実が始終二人を凍えさせる。向こう側には、求めて止まない人がいるというのに。

「────…」

 不意に耳を掠めた懐かしい声の空耳に、ルートヴィッヒとギルベルトはやり切れなくて目を伏せた。






愛させてもくれない
(この壁は何もかもを塞ぎ止めて)
(たった一言の愛の言葉さえ、届けてはくれないのだ)






素敵独普企画「その壁を越えたら」様に提出させて頂きました。