※唐突にパロ。奴隷×ご主人様です。
笑いさざめく人の群れ。俺はギルベルトの傍らに立って、会場の様子をぼんやりと眺めていた。
本人は面倒臭いとぼやいていたが、懇意にしている相手からの招待で断れなかったらしい。用意をするにもやる気がなく、着替えると言った癖に服を着せ替える俺を邪魔する始末だった。絡み付いてくる手を避けながらきちりと身形を整えさせるのは些か骨が折れた。が、何とか完成した為にここにいる訳である。
大きな溜め息が零されるのが聞こえ、俺はするりと横に視線を流した。そこでは我が主がソファに座って脚を組んでいる。
その脚を飾っているのは細やかな織りのストッキングだ。華奢な足を包むのは流行の形のハイヒール。体には柔らかな黒のシフォンが纏い付き、女らしくない薄い体のラインを覆い隠している。綺麗に纏め上げた髪を微かに乱したのはギルベルト自身で、頬に落ちかかる銀糸は彼の艶めかしさを煽り立てるようだった。
彼──そう、ギルベルトは紛れもなく、男である。
そんな人が何故女の格好をしているのかと言えば、理由は極めて謎だ。本人としては何か明確な理由を持っているのかもしれない。だがそれを教えられていない俺としては、理解不能としか言い様がない。一見すれば女であるが、よくよく見れば男以外には見え様がない。にも拘らず、ギルベルトの女装というのは違和感がないのだ。違和感があり過ぎて感覚が麻痺してしまっているという可能性が、なくもないが。
俺が視線を向けたのを、ギルベルトは敏感に察知したようだった。くふんと口元に笑みが浮かべられ、紅の瞳が俺に向けられる。それはまるで削り出したばかりの極上のルビーの様相だ。と同時に肉食獣じみた炯々とした光をも宿している。俺はそれに射竦められるようにして、僅かに体を強張らせる。
俺はこの目が苦手で、ついでに言っておくならこうして見られるのに実に弱かった。この目に見据えられるとどうしても逃れられなく、全ての要求を飲まなければならないような気になってしまう。そんな風に思うようになったのは、俺が随分と飼い慣らされたからなのだろう。好むと好まざるとに関係なく、俺の意識の中にはギルベルトの意思が入り込んでいる。あの日以来ずっと、奥深くにまで根を張って。
薄く紅を引いたギルベルトの唇が、小さく空気を吸い込んだ。俺に対して何かを言おうとしたのだろうそれは、しかし発されることはなかった。
ホール中央からこちらに歩いてきた男が、するりとギルベルトに寄ってきたのだ。何度か目にしたことのある顔だ。取り引き相手の中の誰かだっただろうか。その男は俺には目もくれず、ギルベルトの手を取って絹の手袋に包まれたその甲に口付けた。気障な挨拶に、ギルベルトは華のような笑みを浮かべて応える。
あぁ外向きの顔だな、と俺は口の中で呟いた。屋敷に帰るとあいつは気に食わないだの癪に障るだの、不満たらたらなのに大したものだ。まぁそれくらい出来なければあれだけの規模の事業を動かしてはいけないのだろう。
ひそひそ話を始めた2人の脇で、俺はひそりと立ち位置を変える。出来るだけ顔の見えないところへ。出来るだけ声の聞こえないところへ。出来るだけ自分を苛立たせるものを認識しないでいいところへ。
何故苛立たないところへと思うのか、そもそも自分は苛立っているのか。無意識の止めどない思考ではよく分からない。だがじりじりと妙な感情が胸を灼いているのを俺は感じ取っていた。くつりとギルベルトが喉を鳴らすのが聞こえる度、それは鞴で空気を送られたかのように勢いよく燃え上がった。人前では努めて軽快で豪放に振る舞う人だ、そんなことは決して珍しくないのに。
細い溜め息が口を突く。それがやけに大きく空気を震わせたような気がして、俺は慌てて姿勢を正した。ここはパーティーの会場だ。屋敷の中ならいざ知らず、周りには沢山の人の目がある。誰が見ているとも限らない。俺がもしみっともない真似でもしようものなら、翌日よくない噂を立てられるのは主の方だ。つまりはギルベルト、である。
本来、俺はそんなことを気にする立場にない。買われて所有物となったとはいえ、そのような命令は受けていない。一緒に来いとか茶を淹れろだとか、下されるのは真っ当な使用人に対するものがほとんどだ。締め切られた部屋の中の、柔らかな寝台の上でもない限りは。
かと言って、場に見合わない乱暴な振る舞いをする気は起きなかった。そのような方法で反抗したところで意味はない。それに、己が不教養であるように見られるのは好ましくない。あのことがなければ、俺は間違いなく社交界に別の立場で存在していた筈だ。思い返すと思考はとろりと過去へ帰っていく。蘇り掛ける鮮烈な痛みと屈辱に、俺は目を伏せて頭を振った。そんなものは今になっては詮ない行為だ。
ふと視線を上げると、ギルベルトの傍らに男の姿は既になかった。主はゆったりとソファに腰掛け、東方の長いパイプを取り出しているところだった。俺は刷り込まれた反射でマッチを取り出し、詰められた煙草に火を入れる。一瞬ギルベルトの瞳に似た紅い炎が熾り、紫煙がゆっくりと棚引き始める。ギルベルトはさも美味そうに煙を吐き出すと、にいっと口の端を引き上げた。
それがよからぬことを考えている時の表情だということは、身をもって思い知っている。俺は我知らず生唾を飲み込み、その口が同じ形のまま何事か紡ぐのを待った。
「ルッツ」
甘やかな声は煙に混ぜ込むようにして吐き出された。その声に応えないなどということが、どうして俺に出来たろう。手招く指に導かれるまま、ふらりと彼の前に足を進める。絹手袋に包まれた腕は途端、ぐいと俺の襟首を掴んで引き寄せた。突然のことに体が反応出来ず、受け身も取れないままに倒れ込むような格好になる。
その先は誰も座っていないソファ、ではなく、ギルベルトの上だ。このままでは押し潰すことになってしまう。俺が苦し紛れに伸ばした手がソファの縁に掛かったのと、ギルベルトが唇を重ねてきたのは、ほぼ同時のことだった。
唇の上を舌が辿り、ぬるりと口内に侵入してくる。体勢の悪条件もあり、俺はその動きを拒むことが出来ない。制止の声を上げようと開いた口は、逆にギルベルトの舌をより深くに誘い込むことになってしまった。こういうことを正に悪循環というのだろう。駄目だ、そう思うのに、決して逃れられない。
周囲はまだこの状況に気付いていないのか、好奇の目を向けてくることはない。否、ここではこれくらいのことは日常茶飯なのか。もっと過激なことでもしない限り、視線は集まらないのかもしれない。
だが、そんなことをされては困る。今現在も大分困っている。どうにか逃れられないかと身を捩ってみるが、効果は薄かった。
寧ろその行為はギルベルトを徒に煽ったらしく、ヒールを履いたままの足がひょいと持ち上がった。爪先でズボンの股間を撫で上げられる。びくりと腰を引いてしまったのは、反射だ。硬い靴底でそうされて愛撫と感じられる程、俺は被虐的ではない。そこを足で弄られたことは数、あれど。
は、と息を吐くとギルベルトはますます口元を吊り上げた。くふくふくふ。喉で笑った主人は、爪先で捏ねるような動きをする。確信犯めいたそれに、息が詰まった。
「ルーッツ」
微かに離した唇、それが紡ぐのは甘い甘い猫撫で声。毒を含んだそれに俺の意識はじわじわと犯されていく。抗って拒絶して、それでもギルベルトの施した彼が躾と呼ぶそれは、しっかりと俺の奥深くに染み込んでいて。こうしてちょっとしたことに反応しては、逃れることを許してはくれない。
とても上品とはいえない体勢、ギルベルトは息遣いどころか鼓動さえ感じられそうな間近から俺を見つめる。魔性を秘めた紅の瞳で、じっとりと。そうして口にされるのは極上の誘い文句だ。
「人気のないとこ、行かねぇ?」
あぁ、一体何人がこの言葉を焦がれているのだろう。あぁ、一体何人がこの言葉を掛けられたのだろう。
漠然とした思考、だが体は主の望むままに動く。細い体を抱き上げると、ギルベルトは首に手を回してきた。綺麗に着飾ったドレスを乱してしまわないよう気を付けて横抱きにする。ふわりと鼻を掠める芳香にくらりと眩暈がした。この人の体臭というのは、何故だかどんな香水よりも甘美な香りがするのだ。退廃的で、それでいて酷く、魅惑的な。
俺の体にしっかりと体重を預けて、ギルベルトはヒラリと手を振った。それで自分たちに視線が集まっていることに気付いたが、だからどうということもない。俺はギルベルトを抱えて煌びやかなホールを後にした。
扉を一枚隔てるだけで、喧騒ともいえるさざめきはかなり遠ざかった。俺はギルベルトの指示のままに足を動かし、彼を運ぶ。そうして辿り着いたのは中庭だった。見上げればバルコニーの向こうにダンスホールの明かりを見ることが出来る。
促されて東屋のベンチに降ろすと、ギルベルトはふぅと息を吐き出した。再びパイプを口に咥えてぐっと体を伸ばす。気の向くままに飄々としているように見えるこの人も、肩が凝ることがあるらしい。マッサージしろと言われることは多々あれど、本当に凝りを解消したいからだと思ったことは余りない。何せそう言われた時は十中八九、途中から違う方向に向かっていくものだから。
あれこれと思考を繰り広げていると、ジャケットの布地が引き攣れる気配があった。見ればギルベルトが紫煙を燻らせながら俺のジャケットの裾を引いている。無視する訳にもいかず──というか元より俺にそんな選択肢は与えられていない──俺は思考を浅瀬まで引き上げた。
何ですかと言外に問うが、ギルベルトはくいくいと裾を引くばかりだ。単に喋るのが億劫なのか、それとも何か意図があるのか。何であれ取り敢えず離させようと、俺は後ろでに組んでいた手を解いてギルベルトの指に伸ばす。するとそれを待ち構えていたかのように、繊手が滑らかに動いた。爪先が手首に掛けられて、嵌めている白手袋をするすると抜き取られる。現われた素手に満足したように、ギルベルトはケセッと喉を鳴らした。
「何でここまで来たか分かってんだろぉ、ルツ」
わざと舌足らずに発音される言葉に、俺は微かに眉根を寄せる。分かっているか否かと訊かれれば、答えは当然に前者だ。だが俺はこの場所でそうすることを望みも許容もしない。主が一言命令を発する、その時までは。
ギルベルトはだらしなく投げ出していた脚の片方をついと持ち上げた。ベンチの肘掛けに曲げた膝を引っ掛けるようにして、彼はドレスの裾をたくし上げていく。月光の下に露になる生白い肌に自然と視線は釘付けになる。ストッキングはやがて終わりを迎え、それを止める為のガーター、そして、あぁ全くこの人というのは。
惜しげもなく晒された脚の付け根には、そこを覆っているべきものが一片たりとも存在して、いなかった。
緩く頭を擡げたペニスが、刺激を与えられるのを待ち侘びているかのようにふるりと震える。その様は滑稽である筈だというのに、何故か強烈に淫美で扇情的だった。ごくりと喉が鳴る。目を離せなく、なる。ギルベルトは目を細めて、ゆっくりと俺を手招いた。
主人の足元に跪いてその欲望を口内に迎え入れるまでに、そう時間は掛からなかったように思う。ギルベルトは相変わらずパイプを口にしながら、時折堪らないといった様子で熱い息を零している。俺の口の中でペニスは完全に勃ち上がり、とろとろと先走りを零していた。強く啜り上げるとびくん、と白い脚が跳ねる。喉の深いところまで咥え込むのは些か苦しさを伴うが、止める訳にもいかない。というより、それは物理的に不可能だった。ギルベルトの手がしっかりと俺の頭を抱え込んでいるばかりに。
喉を締めると息を詰める気配があり、先端からどろりと先走りが溢れ出してくる。音を立てて飲み込めば主は腰を捩らせた。ひくひくと内腿を痙攣させて今にも達しそうな様子、俺は追い込む為に先端を吐き、間髪を入れずまた深くまで咥え込む。
「ふぁあっ!
あっ…ルッツ、ヤベ、それぇ…!」
単純な2つの動作だが、繰り返せばそれは疑似性交の動きに成り果てる。一瞬にして声を蕩かせたギルベルトは、もっとと強請るように腰を押し付けてくる。微かに噎せた刺激にさえ腰を捩らせて、全く、つくづくイヤらしい人だ。
まぁギルベルトが慎ましやかなところなどまるで想像出来ないが。もしそうなったなら、あのホールにいた全員が腰を抜かすだろう。何人かは卒倒するかもしれない。その程度にはこの人は浮き名を垂れ流している。
今回のパーティーは裏社交界と言おうか闇社交界と言おうか、とにかく真っ当な連中が集まるものではない。一画では阿片を吸っている輩共がいたし、他の一画では如何にも怪しげな品をやり取りしている者もいた。始めこそ真っ当なパーティーに見えるが、あと1時間も経たない内に乱交へと発展し始めるのだろう。正面な道徳観念や嗜好を持った者などいない。ここはそういう場だ。
嫌々ながらも本来着るべき衣装を身に着ければ、ギルベルトは美丈夫と呼べる姿になる。一般の社交界からの誘いは引いても切れない。だがギルベルトはそちらに滅多と顔を出さず、醜悪で耽美なこちらの世界に籠り切りだ。曰く、同類といるのが一番落ち着くらしい。俺としては落ち着く必要などないから正面な世界に身を置いてくれと言いたい、切実に。
思いながらも、していることはその真逆だ。この人の嗜好を受け入れて肯定する行為。だがこれは俺が望み自らしたことではない。そう、自分に言い聞かせる。そうして自分を慰める。でなければおかしくなってしまいそうだ、こんな、こんなのは。
ギルベルトが背を震わせて息を飲み、感極まった声を上げる。俺は遠くへ遣っていた意識を引き摺り戻し、びくびく震えるペニスを強く吸い上げた。
「っ、ぁっ、あ、あぁあああ!」
俺の後頭部を掻き抱く指にきゅうと力が入る。のけ反った体がベンチの背凭れを乗り越えて向こう側に落ちてしまいそうだ。腰を大きく震わせたギルベルトは、俺の喉深くに熱い精液を迸らせた。
決して美味くなどない体液を飲み下すのを厭わなくなったのは、一体いつからなのだろう。思い返そうとしてみるが、記憶は中途半端で曖昧だ。しかも自分のことではなくギルベルトの艶やかな乱れた姿ばかりが出てきてしまう。どうしようもない頭だ。自嘲の息を零しつつ、俺はペニスから口を離す。唇を濡らす液体を舐め取る様を、ギルベルトは濡れた目で見つめていた。
立ち上がろうとする俺を、主の脚が阻む。ヒールで俺の肩を押さえ付けた彼は、妖艶に唇を歪めてみせる。美しい魔物が獲物を見付けた時には、きっとこんな顔をするのだろう。
「続き、しろよ…なぁルッツ?」
「…人の屋敷ですよ」
「だから?
お前だってこんなにしてる癖に」
くふん、と笑ったギルベルトの脚がまたも股間に伸びる。爪先でなぞられる、そこは確かに芯を持っていた。最早条件反射に近いそれに、俺は目を逸らさざるを得ない。どうしてこう、望み通りの反応をしてしまうのだか。答えは一つ、そのように躾られたから、だ。
するりと自然な動作で身を寄せてきたギルベルトが、慣れた手付でズボンの前を寛げる。パイプを放り出して──もう随分前から持っているだけだった──手袋をつけたまま指を絡める。その手付きは淫婦そのものだ。うっとりと目を細めて舌舐め摺りを一つ。ギルベルトは俺に言葉を差し向ける。決して逃れることを許さないそれを。
「来いよ、ルートヴィッヒ」
そうして開かれる脚の奥、アヌスは物欲しそうにヒクついている。赤く染まった口を緩めて、貫かれるのを待ち侘びている。そういう人なのだということを存分に認識し理解している筈であるのに、嘆息を禁じ得ない。命ぜられるままに応えてしまう自分にも。
腰を寄せるとギルベルトはいつにない積極性で体を擦り寄せてくる。絡み付いてくる脚はまるで蛇のようだ。俺が自分の思考に沈み込んでいる間に何か嫌なことがあったのだろうか。思いながら粘膜に先端を押し付ける。ギルベルトは薄く笑って、ゆるゆると体から力を抜いた。
押し入る胎内は発熱しているかのように熱い。それ以上の侵入を拒むように収縮する内壁を掻き分けるようにして全てを納めてしまうと、ギルベルトは恍惚の息を吐いた。まだ余裕が残る白い面には赤みが差して、月光の白々しい明かりに照らされたそこを僅かばかり健康的に見せている。
こんなところを誰かに見咎められたらどうするつもりなのだろう。確かに今回のパーティーはそういったことに緩い連中の集まりだ。見付かったところで大した騒ぎにはならないだろう。というか全く気にされず素通りされる可能性すらある。だが世間体だとか、騒がれるかどうかが問題ではないのだ。単にこの人があられもなく乱れているのが人の目に留まるのが。
留まるの、が。
…何だというのだ。いやいや、見られたところでどうということも、ある。決して個人的な感情からでなく倫理的にとかそういう類の理由から。そうだとも、決して個人的な理由などどこにも存在しない。俺は単に常識的に考えて、周りがどう感じるか云々の前にそもそも人に見られる可能性がある場所でだな。
悶々と考えながらも、俺の体は思考とは別に主の望むように動く。浅く腰を引いて突き上げれば、ギルベルトは半開きの口から甘い声を漏らした。そのまま断続的に細い体を揺らすことに徹する。思い出そうとするまでもなく覚えている弱い場所をペニスが掠める度、焦れったそうな声が上がる。焦れったそう、というよりは、実際に焦れったいのだろう。
シャツを掴んでいた指が移動して、襟に掛けられる。ギルベルトは半ば引き千切るようにしてボタンを開けると、中にひっそりとあったものに指先を引っ掛けた。ぐいと引っ張られ、束の間忘れていた感触が首に食い込む。
俺の首に嵌まっているもの──それは上質なエナメルの首輪だ。銀のプレートには「ルートヴィッヒ」と名前が彫り込まれている。俺がギルベルトに屈した証であるそれを彼はいたく気に入っていて、事ある毎に触れてくる。主に俺が些細な反抗をしている時などに。
詰まった顔の距離、ギルベルトは鼻先をかぷりと甘噛みしてくる。少しばかり気を損ねたような表情で、投げ掛けられるのは強請り文句だ。それにしては随分高圧的ではあるが。
「イイとこちゃんとシろよ」
出来んだろ?
言いながらきゅうとアヌスを締められる。そうされれば俺は最早彼の言にきちりと従わざるを得ない。軽く顎を引いて、今度は的確に弱い部分を刺激する。ふるりと睫毛を震わせたギルベルトは、ふっと目元から険を抜いた。首輪から手が離れ、またシャツを掻き掴む。
耳元で漏らされる嬌声を誰かに聞かれてしまってはいないだろうか。俺の体の下で跳ねる肢体を誰かに見られてしまってはいないだろうか。もしバルコニーに誰かが出たならば、ここは聞こえるし見える位置だ。
頭の隅でそんなことを考えていながらも、俺はギルベルトの体を貪ることを止められない。この人の体というのは、本当に、魔性だ。
肌は雪のように白くとも、抱いても柔らかくなどない男の体。それなのに一旦その気になれば妖しい色香が匂い立つ。噎せ返るような甘い匂いを纏って、ギルベルトはうっそりと笑うのだ。巣に獲物を絡め取った女郎蜘蛛の如く。本来排泄器官であるアヌスは、ギルベルトにとってはそれだけのものではない。寧ろ快楽を得る為の生殖器という役割の方が大きいのではないだろうか。粘膜は熱く潤み全てを飲み込もうとする。その貪欲さときたら蟒蛇も怖じ気付くに違いない。
はっ、と息を吐くと、びくびく体を震わせていたギルベルトが視線を合わせてくる。妖艶な光を湛えた紅はにぃと笑みの形を作ってみせた。
「な、ぁっ、人の声、しね?」
「…っ、な」
「はっ…冗談、だっての……ビビっちまって可愛い、んぁあッ」
ケセ、と独特の笑いを見せる主の最奥を思い切り突き上げる。言っていい冗談といけない冗談の区別くらいつけて欲しい、切実に。肝が冷えた。
イラッときた衝動のままに腰を振る。叩き付けると言ってもいい激しさに、ギルベルトは髪を振り乱し声を上げた。だがその表情はどこか余裕が含まれている。きっとこの俺の反応さえ彼に誘導されたものなのだろう。俺は深いところで、完全に手綱を握られてしまっている。反抗しているつもりでも根は屈していないつもりでも、ギルベルトの掌の上で藻掻いているだけに過ぎないのだ。俺はこの人から逃げられない。
はくはくと必死に酸素を取り込む唇が、ふと何かを求めるように動きを止める。じとりと濡れた視線に見つめられ、応えないなどということが出来る訳もない。俺は要求のままに顔を寄せ、薄く開かれた唇から口内に舌を滑り込ませる。ぬるりと舌先が触れ合った次の瞬間には、それは深い口付けに変わった。唾液を混ぜ合わせ、息を奪い合うように貪る。そこに愛はない──けれど何もない訳でもない。
どこまでも非生産的な行為をしながら、ギルベルトの顔には充足感のようなものが浮かんでいる。紅瞳に映る俺の顔にも似たようなものがあった。全くもって理解し兼ねる。こんなことで快楽を得、満足しているなど。大凡そ狂気の沙汰でしかないではないか。
吐き出す自嘲の息は途中で欲情に塗れ白く濁る。ぐちぐちと音を立ててアヌスを掻き混ぜながら、俺はギルベルトを窺い見た。腰から突き上げてじりじりと項を焦がす欲求は、暫く前から解放を待ち望んでいる。
「ぁっ、ふあっ、あッあぁ…いーぜ、ナカ出せよぉ…!」
ギルベルトは俺の意思を的確に汲み取ったらしい。言い様、キツくアヌスを締めてくる。ぞくりと背筋が震える。思考回路が焼き切れてしまいそうな強い快楽が掻け上がる。俺はギルベルトの細腰に自分のそれを押し付け、奥深くにどぷりと精を吐き出した。快楽に目元を染めたギルベルトも、悲鳴に近い嬌声を上げて射精する。白濁はドレスに飛び散って、鮮やかな黒をしとどに濡らした。
萎えたペニスを引き抜くと、思考は急速に冷めていく。はふ、と息を吐くギルベルトを尻目に、俺は頭を抱え込んだ。
他人の屋敷、しかも誰かに見られるかもしれない場所で何をやっているんだ俺は。とにかくさっさと身形を整えてしまわなければ。それから出来る限り早くここから辞去する必要がある。
手早く乱れた服を整える俺を余所に、ギルベルトは余韻に浸りながら乱れて解けた髪を弄んでいる。自分で汚れたドレスをどうにかしようとするどころか、露な下肢を隠そうという気さえ見られない。この人はもう少し羞恥心を持つべきだ。もう少しというか常人並みには持ってもらいたい。でなければ俺はいつか頭の血管を何本かぶち切らせそうだ。
溜め息混じりに主人の体を清めて、ドレスの汚れも出来るだけ拭き取る。それから自分でどうこうしようとする気配が微塵も感じられない体を抱え上げた。そうしなければ抱え辛いが、尻辺りに手を持っていくのを何となく躊躇ってしまう。何せこの人は下着を身に着けていないのだ。ドレスとパニエの下には素肌がある。ついさっきまで触れていた柔肌が。
鼻先を掠める甘い香りにくらりとくるが、軽く顔を振って頭を擡げかけた欲望を振り払う。惑わされている場合ではないだろう俺。早いところギルベルトを馬車に放り込んで帰らなければならないというのに。
甘い誘惑など気付かない振りでずんずん進み、中庭を抜けて屋敷に入る。豪奢な内装は、先程までの落ち着いた雰囲気の庭にいた身には随分とクドく見えた。立て続けにボンボンでも食べたらきっとこんな気分になるのだろう。毎日こんなところで過ごしたら疲れないのかとつい思ってしまう。住んでいたら慣れるものだろうか、俺がこうしてギルベルトに仕えることに慣れてしまったように。
という思考は扨置き、出来るだけ人に会わないようにして帰りたいのだが、どこをどう通ったらいいのだろうか。駄目元で聞いてみようとギルベルトに視線を向けると、彼は丁度居心地悪そうに体を蠢かせたところだった。もぞもぞもぞ。遠慮なく動く為、落としそうになってしまう。自分で歩く気がないならせめて大人しくしていて欲しいのだが。
「………ルッツ」
「何ですか」
口を開こうとした矢先、先手を打たれて名を呼ばれる。素っ気なく返せばギルベルトは悪戯っぽい光を瞳に浮かべた。嫌な予感がする、実に。
「お前の出したの漏れてきたんだけど」
「っ、最短で帰ります…!」
「おー、頑張れー」
俺の腕の中でギルベルトはけらけら笑い、他人事のように呑気な声を上げた。こんな人に触れることを許されたいが為に私財を投げ打つ人間が山といるなど、俺には到底理解が出来ないな。