唇を貪る──互いの息を奪い合うようにして。じゃなく、俺からだけ奪われるようにして。ひくりと引き攣る喉、苦しそうな吐息が漏れて、酸欠になる前に口が離される。
垂れた唾液は体温の上がった肌の上ですぐに温度を下降させ、ひやりと気持ち悪い感触になる。俺は眉を顰めながら、口の端を伝ったそれを拭い取った。
見上げれば、ルートヴィッヒが舌舐めずりをしている。今から捕食に入ろうとする獣の風情。だが実際は、俺と同じように唾液を拭っただけなのだろう。
そんな動作でさえ一々、ルートヴィッヒは俺を煽り立てる。普段は奥底に隠している欲求を露出させようとする。本人にそんな気はないのだろう。それでも、確かに。
ムキムキな上半身が倒されて、かぷ、と軽く喉元に噛み付かれる。その所作は遥か昔に食べた林檎の欠片、その名残である膨らみを食い破るかのよう。
喉が鳴る。ぐびりと生唾を飲み込めば、ルートヴィッヒはふっと笑みを漏らした。
唇は離されないまま首から鎖骨へ、鎖骨から胸へと肌を辿っていく。悪戯に立てられる歯。その度に俺は小さく体を震わせる。
肉を噛み千切られることを想像して。体を食い散らかされることを妄想して。熱い息を吐く。自然に、出てしまう。
ルートヴィッヒだってそれは百も承知で、だからこうして戯れに噛んでくるのだ。但しこの弟というのは、俺が何を考えてこんな反応をしているのかは知らない。単に反応がいいくらいにしか思っていないだろう。そうでなければする訳がない。こいつは、そういう奴だ。
一度果てた後、体を繋げたままでの戯れ。大体いつもこうしているうちに気分が盛り上がってきて、二回戦に突入する。今日だってそうなのだろう。胎内で出された体液、その滑りで潤うアヌスの中でペニスが硬度を取り戻しつつある。
俺はシーツに投げ出していた腕をのたりと持ち上げて、ルートヴィッヒの首に絡めた。脚も腰の辺りに擦り寄せてやると反応はより如実になる。お若いこった。
俺は割と体力ぎりぎりだし、こいつ遅漏だし、付き合うと明日キツいことは目に見えている。けど、なぁ。そんな顔されたら今更駄目とも言えねぇだろ。待てを命令された犬かお前は。不可視の尻尾振りたくるんじゃねぇよ。何されても許したくなっちまうだろうが。
はぁ、溜め息を吐くと途端に尻尾が萎れたのが分かる。碧眼がちょっと遠慮がちな視線を乗せて、俺を見る。犬ならば切々と鼻を鳴らしている状況か。ケセッと笑うとルートヴィッヒは困惑顔になった。
「兄さん、」
「いいぜールッツ。駄目っつってもどうせヤるんだろ?」
意地悪く口の端を吊り上げると、微かに眉が寄せられる。それから何の前触れもなく、奥まで突き上げられた。ふぁっと声が漏れて、力が抜けていた体が強張った。
遠慮がない突き上げに意味のない音の羅列が続いていく。ルートヴィッヒめ、いいっつった途端にこれか。そういう奴だとは知ってたが、あぁ、もう。
前立腺を無遠慮に突かれる、その刺激に喉がのけ反る。悲鳴に近い吐息が漏れる。汗を浮かせるそこにルートヴィッヒがまた歯を立ててきた。
喉仏を食い破られそうな感覚──食い破られる妄想に、びくんと体が跳ねる。
このまま噛み砕かれたら。その歯で肉を裂かれ、擂り潰され、飲み下されたのなら。俺がルートヴィッヒの一部になる。本当に身も心も捧げて、一つに溶け合う。それはきっと堪らないだろう。堪らなく、幸せなのだろう。
ずっと一緒にいたい。そう思いながらも、もう一方でルートヴィッヒに食われたいと思っている自分がいる。命を噛み砕かれる時を待ち望んでいる。その一瞬を想像しては、心をときめかせている。おかしな話だ。
昔、こいつがまだ餓鬼だった頃は、食い潰されて消えるなんて御免だと思っていたのに。どこから変わったんだろう。どこから、捩じ曲がったんだろう。愛しいルートヴィッヒ──その意味が。
ひゅ、と喉が鳴る。息が苦しいのは喉に食い付かれているせいなのか、これ以上ない程に興奮しているせいなのか。潤んだ目で見つめると、ルートヴィッヒは薄く笑った。他国からは凶悪だと称される笑みも、俺にとっとは愛しいものでしかない。
喉に歯を触れさせるのを止めたルートヴィッヒが、甘やかに口付けてくる。相変わらず動きは激しいままで、肺からじわじわと空気が奪われていく。目が眩む。恍惚が全身を包んで、脳がふわりとした。
「ぁ……っ、ルッツ、ルツ…!」
「あぁ…ギルベルト」
吐息に混ぜるようにして名前を呼ばれる。食らい付くようにして、喉に歯を、立てられる。堪らない快感が体を走り抜けて、俺は声にならない悲鳴を上げた。真っ白に染まる視界──脳裏に浮かぶのは全てを咀嚼され、果てる瞬間だ。
矛盾している。狂っている。分かっていても止められない妄想。
腹の上に白濁を散らせながら、胎内深くにたっぷりと吐き出される。俺を見つめる碧眼に残忍な光が点ったのは、果たして俺の見間違いだったのだろうか。確認など出来ないまま、俺はするりと意識を手放した。安寧の闇、それが永遠となる時はまだ来ない。
素敵小説企画「Unitamente」様に提出させて頂きました。