導かれるままに柔らかなシーツに沈み込む。フランシスはアントーニョが自分の服を脱がせていくのを、どこかぼんやりと見つめていた。彼の指は首から頬を通って髪に辿り着く。シーツに緩やかに広がるそれを一房取って口付けられる。
 フランシスはふっと目を伏せた。そうしてこの行為に集中しようとする。けれど脳裏に浮かぶのは犬猿の仲の、愛しい人のことばかりだ。
 アーサー。
 そっと心の中で呟く。本当に、本気で愛していた。だから失ってしまったことがどうしようもなく、辛い。

「ぁ、」

 首筋に舌を這わされて、フランシスは微かに声を上げる。ほとんど上の空だということを分かっているだろうに、アントーニョに気にした風はない。
 彼が友達で本当によかった、と思う。何も言わずに慰めてくれる、側にいてくれる。そのことが無性に嬉しかった。掛け替えのない存在。アーサーとはまた別の、意味で。
 また彼のことに意識が向いていることに気付いて、フランシスは緩く首を振る。忘れたい。忘れてしまいたい、何もかも。

「ほんまにええの?」

 下肢に手を向かわせながらアントーニョが問い掛けてくる。真意を見透かすような視線にフランシスは僅かに息を詰めた。
 また脳裏に浮かぶアーサーの顔を振り払う。忘れたい。忘れたい忘れたい忘れてしまいたい。覚えていても辛いだけなら、傷を抉るだけなら、アーサーのことなど何もかも全て。忘れ、させて。

「誘ったの、俺だよ?」

 フランシスは笑顔を作ってみせる。あぁ、自分はちゃんと笑えているだろうか。
 アーサーことを本気で愛していた。だから遊びの相手とは手を切った。だらだらと友達の延長線上でセフレ関係にあったアントーニョとも、アーサーと付き合ってからはキスさえしたことがない。
 けれど。もう、アーサーとは別れたのだ。宣告された二人の関係の終焉。
 ──ふざけんなよ。もう付き合ってられるか!
 吐き捨てるように言われた言葉。それがつけた傷がジクジクと、痛む。お願いお願い忘れさせて。辛いだけなら、苦しいだけなら。穏やかな時間を、密やかな逢瀬を、覚えている意味などなるのだろうか。

「……それもそうやな」

 く、とアントーニョが口元に笑みを上らせる。屈託のないいつもの笑顔とは違うそれ。しかしフランシスはそのことに気付ける程の余裕を持っていなかった。
 アントーニョの手が体中を這い回る。それに応じて体は敏感に反応し、高まっていく。それでも心は、酷く沈んだままだった。行為に浮かされた思考で思い返すのはアーサーのことだけ。

「んっ、ぁ、あ、あ…!」
「フランシス…」

 口は無意識に引っ切りなしに声を上げて、指はシーツを掴んで迫り上がる快楽を少しでも逃がそうとする。
 耳の奥に押し込まれるようなアントーニョの声は熱を煽るばかりだ。高まっていく、高ぶっていく。意識を置き去りにして、体だけが徒に。

「なぁ…アイツの方が上やったんやないの?」
「なにい、ぁっ…ひぁ…っ」
「ここ、ブランクあるにしてはトロトロやん」

 ぐり、と中に入れられた指を旋回される。それがたまたま弱いところを掠めて、フランシスは悲鳴に近い声を上げた。
 アーサーが上だったという事実は、ない。好きだと感じたのはフランシスの方が先だった。アプローチをしたのも。キスを仕掛けたのも。ベッドへ誘ったのも。
 アーサーは慣れてからは多少積極的になってくれたけれど、照れ臭さや羞恥の方が優るようだった。だからフランシスがリードすることになる訳で。アーサーを組み敷くのは、ある意味で必然的な流れだった。
 浮気を疑われて仲違いをしたこともあったけれど、それはアーサーの勘違いに過ぎなかった。フランシスは神に誓って浮気などしていない。可愛い子をつい視線で追い掛けてしまうくらいはご愛敬だ。
 だからそこはここ暫く誰にも触れられていない。けれど過敏な程に反応してしまうのは。

「…適当に男引っ掛けたんか」

 少しの思案の後、呟きにも似た声が溜め息と共に吐き出される。
 フランシスはアントーニョから視線を逸らした。家に帰りたくなくて、誰かの家に転がり込むのも躊躇われて。どちらもしないで一夜を明かす方法など、大して存在しなかったのだ。一宿の恩の返し方など知れている。それを餌に釣ったも同然だ。お蔭で昨日も一昨日も家に帰らずに済んだ。それだけの、こと。

「咎められる理由はないと思うけど」

 フランシスを咎める理由などアントーニョは持ち合わせていない。二人の関係は、一夜だけのそれが気紛れな頻度で繰り返されているようなものなのだ。それを分かっていてそう言うのだから、自分も大概嫌な奴だ、とフランシスは心中で独り言ちる。
 アントーニョは何も悪くない。悪い者がいるとすれば、それは間違なく自分だろう。それなのに彼の言葉を撥ね付けるような口振りになってしまったのは、心が荒んでいるからに違いなかった。アーサーのことがまだ引っ掛かっている。

「ね、キスしてよ、アントーニョ」

 フランシスは硬くなっていた表情を緩めて強請る。
 アントーニョは困ったように少しだけ眉尻を下げて、それから顔を寄せてきた。






情熱のキスで忘れさせて
(大好きなあの子のことを、君のその熱で、)