どんより、若しくはじっとり。
 そう表現するのが最適な様子で、アーサーは部屋の隅に蹲っている。
 たまたま電話をかけたら涙声だったものだから、駆け付けてみればずっとこの調子だ。宥めすかしてどうにか聞き出したところ、どうやらフランシスと別れたらしい。それも成り行きで。
 本人はそんなつもりはなかったのだが、つい「別れる」と口走ってしまったというのだ。以降フランシスからの連絡はなく、かと言って自分から連絡など取れる筈もなく。ズルズルと望まない「別れる」状態が続いているとか。
 事情を聞いた瞬間、菊は大層呆れた。ただ言い過ぎたと謝って、別れる気なんてないと言えばいいだけではないか。けれど、それが言えないからアーサーはこれだけ悩んでいるのだろう。
 アーサーさん、と声を掛けると僅かに身動ぐ気配がある。しかし顔は伏せられたままだ。上げられたとしても、アーサーは壁に向かって座っているからどんな表情なのかは窺えないが。
 菊は椅子から立ち上がり、アーサーに歩み寄る。屈んで肩に手を置けば、彼は過剰な程にびくりとそこを震わせた。微かに震えている呼吸音。泣きたいのを必死で我慢しているのだろうか。

「アーサーさん」

 菊は努めて穏やかな声で名前を呼ぶ。滅多に人に弱みを見せない彼が取り繕えない程に落ち込んでいるのは、相手がフランシスだからだ。犬猿の仲を続けている腐れ縁の、恋人。今現在は「元」恋人。
 もしも仲違いをしたのがフランシス意外であったなら、アーサーは上辺だけでも気丈に振る舞えた筈だ。アーサーをこれ程までに沈ませられるのは、きっとフランシスだけだろう。アーサーを心から喜ばせることが出来るのも。
 出来ることなら、アーサーにはいつも笑顔でいて欲しい。だから菊は言葉を紡ぐ。

「そうやっていても何も進展しませんよ」
「……、んなこと」

 分かってる、ぼそぼそと滑舌の悪い声が答える。しかしアーサーは何か行動を起こそうとはしない。抱えている膝を抱き直して、長く深い溜め息。溜め息を吐きたいのはこちらの方ですよ。そう言いたいのを押さえ、菊はぼんやりと考える。
 フランシスは今頃どうしているだろうか。まさか早々に立ち直って新しい恋人を作っているのでは。
いや、それはないか。菊はフランシスの様子を思い返す。本人は気付かれないようにしていたけれど、今回はかなり本気に見えた。繊細な感覚を持っているフランシスのことだ、相当参っているに違いない。しかも一方的に別れると宣言されて、以降音信不通なら尚のこと。

「どうするつもりなんです? これから」

 同じヨーロッパ、海に隔てられているとはいえ隣国ならば、嫌でも顔を合わせることになる。世界会議も近々あるというのに、このままでは不要な不和が生まれてしまう。アーサーも流石に公私混同はしないだろうが、微妙な空気が流れるのは避けられない。
 そうなった時、どう対処するつもりなのだろう。フランシスがいなくてもこの様子なのに、会議では同じ空間、下手をすれば隣にいるのだ。何事もなかったように振る舞うことは不可能だろう。

「なるようになるだろ」

 「する」ではなく「なる」と答えたのは無意識なのだろうか。それきり黙り込んでしまったアーサーに、菊は微苦笑を零した。






貴方の心を覆う憂鬱
(私では決してそれを払えない)