フランシスは世界会議というものに特別な感情を抱いたことがなかった。国たるもの、当然の責務として出席すべき。それくらいの認識だ。経済が絶不調なお蔭で体調が絶不調な時も出席した程である。原因を作ってくれた者に文句を言いたい、というのが理由であった訳ではあるが。
まぁ理由云々はともかく、フランシスはこれまで真面目に世界会議に出席していた。サボろうと思ったことは、全くないとは言えないものの。
そんな彼だが、今回の世界会議出席は非常に避けたかった。全員が顔を合わせるあの場に行くのかと思うと、気分が盛大に落ち込む。世界中の面々が集うということは、いるのだ。絶対に彼はそこにいる。議長国をよく務めるかの、元大英帝国様──アーサー・カークランド、その人は。
吹っ切ったつもりで明るく振る舞ってはいるものの、実のところフランシスは先のことを引き摺っていた。愛している、とても。その感情は消え去るということを知らない。愛していた、と過去形にしなければならないのに。
しつこい男は嫌われるだけだ、とフランシスは自分自身を窘める。けれど、アーサーへの想いは日に日に増すばかりだった。世界会議が開かれることをここまで恨めしく思ったことが今までにあるだろうか。
だがそんな事情に配慮してくれる筈もなく、時は無情に流れた。現在、フランシスの心境を一切無視して、世界会議は開催されている。フランシスは逃げ出したいのを必死に耐えて、何とか自らに与えられた椅子に座っていた。
ほんの少し、席数にして3つ程向こうに、アーサーがいる。隣でなかっただけまだまし、か。早く終わってくれと念じながら資料に目を落としていると、いきなり肩に手を置かれた。フランシスはつい妙な声を出してしまう。
「うぉおい?!」
「何ぼーっとしとんの、フランシス。休憩時間やで?」
掛けられた声は、呆けていることを咎めるものではなかった。相変わらずのマイペースな口調で言いながら、アントーニョが顔を覗き込んでくる。フランシスはほっと息を吐いた。
現実逃避をする余り、休憩に入ったのが分からなかったとは。いくらなんでも情けない。しかも肩に手を掛けられるまで気配にも気付かないなんて。
色々な意味で落ち込むフランシスに、アントーニョはどこまでもマイペースだ。
「アントーニョ、」
「気分転換に何か飲まへん?」
「ぁー…うん、そうしようかな」
普段ならそう美味しくもないし、とお断りするところだが、確かに気分転換くらいにはなるだろう。
連れ立って会議室を後にし、廊下に置かれている自販機で熱いコーヒーを買う。それを片手にバルコニーに出た。アントーニョも後ろをついてきて──こちらはアイスコーヒーを手にしている──肩を並べる。
見上げた空は憎らしいくらいに澄み渡っている。自分の心とは裏腹に。フランシスは深く嘆息して、舐めるようにコーヒーに口をつける。やはり、あくまで飲むことが出来る範囲内の味だった。不味くも美味くもない。
「そう落ち込まんといてや。こっちまで暗なるやろー」
胸までの高さがある転落防止の壁に凭れ掛かるアントーニョは、世間話と同じ調子で言葉を紡ぐ。
そりゃあお前は関係ないからいいけどね、とフランシスは視線を泳がせた。未練たらたらのこちらとしては、ああも平然としていられるとかなりヘコむ。これだけ悩む程に愛しているのは俺だけか、なんて。
「………お兄さん泣きそう」
「…なら、慰めたろか?」
茶化すようにアントーニョが顔を寄せてくる。フランシスは暫し考えて、紙コップを壁の上部に置いた。自分から唇を重ねる。驚いたような反応をしたアントーニョだが、それでも次の瞬間には強引な程に舌を絡め取ってきた。甘い吐息を漏らして、フランシスはゆるゆると目を伏せる。
その僅か前、視界の端をあの愛しい金と緑が掠めた気が、した。
君への想いは色褪せず
(募っていくばかりだよ、ねぇ、アーサー)