すっぱー、と吐き出される紫煙。いっそ清々しいまでに鬱陶しいそれに、フランシスは溜め息を吐いた。
 吸っているのは隣に寝そべるアーサーだ。全く、この生徒会長様は素行が悪いことこの上ない。その割に学校では品行方正で通っているのだから、隠蔽の上手いことだと思う。どうやって煙草の臭いを消しているんだろうか。家でマメに消臭スプレーを吹き掛けているとか?
 自分の想像が余りにおかしくて微笑を漏らすと、アーサーから刺々しい視線が投げられた。

「何笑ってんだ気持ち悪ぃ」
「いやぁ相変わらず俺の下にいる時は可愛い顔するなと思ってね」

 フランシスは咄嗟に全く違うことを口にする。もう条件反射のようなものだった。
 赤面などという可愛らしい反応などせず、アーサーは眉間に皺を寄せた。煙草を挟んでいる手が不意に動いて、至近距離にまで近付けられる。目には剣呑な光。
 彼にばかりはフランシスの愛想笑いも一切通用しない。フランシスは内心で冷や汗を掻く。

「ふざけたこと言ってるとヤキ入れんぞ馬鹿」

 いやいやもう言いません口が裂けても言いませんとも。
 亜音速でそう答えれば、大して反応もせずに煙草はまた彼の口に寄せられる。本当にこの元ヤン部分はどうにかして欲しい。フランシスは口の中でぼやく。
 何とかという暴走族のヘッドだったとか、どうとかというチームを率いていただとか。アーサーの武勇伝に関する噂は枚挙に暇がない。地元から遠い高校に進学したお蔭で名前と顔までは伝わっていなかったが、噂だけは耳にしたことがある。どこの不良漫画だと突っ込みたい。二次元だったらそんな話も大歓迎だけど、三次元じゃね。
 フランシスはアーサーに視線を向ける。細身の体をシーツに横たえて、肘を突いて煙草を燻らせている彼。実際のところ、不良が近くにいていいことがあった試しがない。齎されるのは害ばかりだ。悪友として一括りにされるギルベルトといい。
 もう随分と短くなった煙草をアーサーが灰皿に捩じ込もうとする。碌に見もしないでサイドボードに手を伸ばしているが、生憎そこに灰皿はないのだ。いつもならそこにあるのだが。

「坊ちゃん、こっち」

 サイドボードにヤキを入れられるのも御免被りたい、フランシスは灰皿を差し出す。アーサーはそれで漸く手の方向に目当て物もがないことに気付いたらしい。悪い、珍しく素直に言いながら、灰皿を受け取ってそこに煙草を押し付けた。
 言外に思っていることが伝わったのか、アーサーはふいと顔を逸らす。投げ付けるように放られる声は気怠げだった。

「弁償しろとか言われたら鬱陶しいだろうが。無駄にいい家具使ってやがるんだから」
「あら、分かるんだ? 流石は坊ちゃん。親の趣味だけどね」

 くすくす笑ってやると、アーサーは更に顔を背けてしまう。けれどその耳が赤く染まっていることをフランシスは知っていた。きっと顔はもっと真っ赤なのだろう。
 素直に礼を言ったり謝ったり、それに真正面から褒められるのが苦手なのだ、アーサーは。珍しい素直な謝辞を指摘された上にからかい半分に褒められては、赤面もするというものだろう。恥ずかしさからなのか怒りからなのかはよく分からないが。
 アーサー、甘い声でフランシスは呼び掛けるが、彼は外方を向いたままだ。僅かな反応さえ返してこない。シャイだなぁ、呟きながら肩に手を掛けると、アーサーが体を微かに跳ねさせる。
 嫌がられることを承知で、フランシスは顔を寄せて彼の耳元に囁きを吹き込む。

「ねぇ、こっち向いてよ、アーサー」
「………何で」
「キスしたくなった」

 新しい煙草に火を点けながらの問いに、フランシスはさらりと答える。途端に、煙を喉に詰めたのか、ぐほっと色気のない声が上がった。アーサーはそのままげほげほ咳き込んで、細い体を苦しげに揺らす。
 彼にはフランシスの受け答えが突拍子のないものだったらしい。背中を擦ってやろうと手を伸ばすと、ばしりと撥ね除けられる。拍子に僅かに見えた顔は、まるで茹蛸のようだった。慌てる余りどんな表情を作っていいか分からなくなっているのが見て取れる。
 によによ笑いを引っ込めて、フランシスはアーサーの肩に手を掛けた。何か反応を返される前に無理矢理自分の方を向かせてしまう。
 それから間髪を入れずに顔を寄せて。濃厚な、口付け。
 最初は抵抗していたアーサーも、口内を弄るうちに大人しくなる。そして終いには自分から舌を絡めてきた。くふっと喉を鳴らすと舌に軽く歯が立てられる。それ以上顎に力を込められる前にフランシスは顔を離した。

「アーサー」
「……今度は何だ」
「お兄さんもう一回したくなっちゃった」
「なっ…てめぇ馬鹿言ってんじゃね、ぁっ」

 罵声を上げるアーサーを抱き寄せ、フランシスはその手から煙草を奪い取る。まだ長いそれを灰皿に捩じ込んでにっこりと笑い掛けてやる。
 アーサーは特徴的な眉を顰めて、それでもフランシスの腕から逃れようとはしなかった。






賞味期限は
(お互いが飽きる、それまで)






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