「ゔ〜…ヴェストの馬鹿〜」

 机に突っ伏してギルベルトが唸る。周りには酒瓶の山、山、山。ワインからビールから、酒と名のつくものなら何でも開けたから、その山は実に混沌としている。
 酒豪のギルベルトも昔よりは飲めなくなっているから、これだけ飲めば流石に酔う。視線をやれば、ギルベルトはアルコールで赤く染まった目元に涙を浮かべていた。普段は酔うと陽気になる方なのに、今日は気分的なものなのか泣き上戸らしい。俺は尚も呷ろうとするギルベルトの手からグラスを取り上げた。

「…何すんだよ」
「いくらなんでも飲み過ぎだからね、ギル」

 ギルベルトがムスッとした顔をしたかと思うと、伸びてきた手がグラスを取り返そうとする。それを難なく阻止して、俺はグラスとボトルを遠ざけた。ボトルまで遠ざけたのはギルベルトが直接口をつけて飲むくらいはすると分かっているからだ。既に酔っている上にそんな風に豪快に飲んだら潰れるに決まっている。ただでさえ今日はペースが早いのに。
 俺としては潰れてもらう訳にはいかないのだ。ギルベルトが連絡も入れずに帰らなかったら、自棄酒をする理由になっている弟が黙っていないだろう。そんな事態は勘弁して欲しい。出来るなら厄介事には巻き込まれたくない。それが痴話喧嘩なら尚更に。

「何だよケチぃ」

 ぷぅ、とギルベルトは頬を膨らませて、また机に突っ伏す。ヴェスト〜とか何とか言いながら、そのまま寝こけそうな雰囲気だ。俺は慌てて起こしにかかる。泊まっていかれたら堪らない、と思っていた矢先に寝ようとするなんて止めて欲しい。心臓に悪い。
 そもそも──

「フランシス…」
「ちょっ、ギル?」

 取り敢えず机から剥そうと肩に手を掛けると、いきなり抱き付かれた。脇の下から背中に手を回されて、ぎゅう、と力を込められる。視界のほとんどを綺麗な銀髪が埋めた。昔の金も好きだったけど、今の銀も悪くない。ギルベルトには似合っているとさえ感じる。
 俺は自分にしがみつく痩身を見つめた。この展開は役得だなぁ、とは思う、けれど。酒臭い。役得だとかが頭から飛ぶくらいに、とにかく酒臭い。やっぱり飲み過ぎだ、この酔っ払いめ。
 俺はギルベルトを引き剥がそうとして──途中で止めた。ぐす、と鼻を啜る気配。泣いている。珍しいとかそういう感想より気不味さが先に立った。手持ち無沙汰になってしまった手をどこにやるか暫く迷って、結局ぽすりと頭に乗せる。そのまま優しく撫でてやれば、ギルベルトは少しだけ腕の力を抜いた。ヒクヒクと引き攣るようだった呼吸が少しずつ落ち着いていく。そして、当然の流れといえば流れだが、それは最終的に穏やかな寝息に変わった。
 今更しまった、なんて思っても遅過ぎる。ギルベルトは酔って寝たんだと、自発的に起きるまではほぼ何をしたって目を覚まさない。泥酔に近いくらいの状態ですぐに起きてくれたら奇跡だ。あー、と俺は気の抜けた声を漏らす。
 安眠しているギルベルトを家に送り届けるか、このまま泊めるか。招く結果はそう変わらないだろう。

「ったく、貸しだぞ?」

 客間にのベッドに放り込む為に、俺は完全に眠りの世界に旅立っているギルベルトを抱き上げた。






酔いどれの花君
(呑気なもんだよ、人の気も知らないで)






09/03/06〜09/07/01 拍手お礼