ギルベルトは不確かな足取りで、けれど明確な目的地を持って歩いていく。辿り着いたのは社会科講義室という名の、一年に一度使われればいいくらいの特別教室だった。引き戸の前で躊躇うように一旦立ち止まり、ギルベルトはそれをゆっくりと開ける。
フランシスは彼が中に入って扉を閉めてしまうまで、柱の影に潜んでいた。それからそろそろと移動して、扉の窓から中の様子を窺う。そこには一般の教室と違い、映像資料を見ることを考えてつけられたのだろうか、カーテンがかけられている。しかし僅かに開いた隙間から、中に入ったギルベルトの姿を見付けることが出来た。彼は誰かに相対していて、扉に背を向けている。
フランシスは目を見張った。ギルベルトをこんな人気のない場所に呼び付けたのはやはり、ルートヴィッヒだった。椅子に足を組んで座る様はやけに高圧的で、体格と相俟ってとてもではないが一年生には見えない。ルートヴィッヒが無言で手招く。ギルベルトも何も言わずに、彼の元に向かう。喧嘩でもしているのだろうか。そのフランシスの考えは、もっと悪いものに覆される。
「ゃ、ルッツ…」
右手首を掴まれてか細く上がるギルベルトの制止の声。そんな風に気弱なギルベルトの態度を、フランシスは初めて見た。力なくルートヴィッヒの袖を掴んでいた左手が右手と一緒に捕らえられる。ギルベルトがいやいやと首を振る。それを完全に無視してルートヴィッヒが自分のネクタイを抜いた。それは迷いなくギルベルトの手首を縛り上げ、その動きを拘束する。
乱暴に上半身を机に乗せられたギルベルトが悲鳴を上げた。お構いなしにルートヴィッヒは彼の制服を乱し、夕日の中に白い肌を露呈させる。そしてさも当たり前のように始まる行為。
「は…あっ、やぁ…ルッツ、」
「嫌なら来なければいいだけの話だろう」
「そ、な……ぁ…あぁっ…ふ…」
びくびくと体を跳ねさせギルベルトが喘ぐ。対するルートヴィッヒは口元に薄く笑みを浮かべていた。
あぁ、この二人は一体何をやっているんだ。ここは神聖な学び舎だろ、とフランシスは心中で呟く。本当にそう思っている訳ではないから場所はさて置くにしても、兄弟で、なんて。いくらなんでもそれは色々問題がないだろうか。
かなり貞操観念の低いフランシスにだって、それくらいの分別はある。生理的な不快感にフランシスは眉を寄せる。最近のギルベルトの不調はこれか原因に違いなかった。相手が気持ち悪いくらいに可愛がっていたルートヴィッヒだ。ギルベルトにとって彼は男ではなく、弟でしかない。ギルベルトも同じ意味でルートヴィッヒを愛していたなら、きっと招いた結果は違ったのだろうけれど。
「こんなのは、」
間違っている。
生むのはただ歪みだけで、誰も幸せになんてなれない。フランシスはそっと扉に手を掛けた。ギルベルトは鍵を掛けていない。ここを開いて介入してしまえば、彼らの関係は簡単に崩すことが出来る。そう意を決して勢いよく扉を開こうとした、その時。
ズボンのポケットに入れている携帯が震えた。フランシスは気を殺がれて脱力する。誰だ、こんな時に間の悪い。舌打ちしたいのを抑えながら取り出すと、それはまだ震えていた。着信──サブディスプレーに表示されている名前はマシュー。
ぁ、と気付いてフランシスは腕時計に目を遣る。短針が正に待ち合わせ時間を過ぎようとしていた。いつも自分より早く現われているフランシスがいないことに、何かあったのかと思ったのだろう。実際とんでもない何かがあった訳なのだが。フランシスは後ろ髪を引かれながらも、電話に出る為にその場を離れた。
君が痩せていく理由
(それは何よりも激しく君を苛むから、)