一旦学園に引き返し、部室のロッカーから鞄を取り出して、アントーニョは自分の家にギルベルトを連れていった。家といっても実家が遠い為に借りているマンションの部屋だ。部活で怪我をすることもままあるから、救急箱は常備してある。
 この辺りにあった筈、とごそごそと棚を漁っていると、リビングに消えていたギルベルトがひょこりと顔を覗かせた。

「風呂、借りていいか?」
「ええよー」

 飲みやら何やらで何度か来たことがあるから、勝手知ったる他人の家だ。タオルの位置もしっかり覚えているだろう。
 アントーニョは見付かった救急箱を取り出すと、リビングテーブルに置いた。それから土埃で汚れてしまっているギルベルトの制服を纏めて洗濯機に放り込む。乾燥まで掛ければ数時間で綺麗になる筈だ。
 シャワーが浴室の床を叩く音を聞きながら、アントーニョは冷蔵庫の扉を開けた。いつ始まるとも知れない飲みの為に入れてあるビールやらワインやらを取り出し、それもリビングテーブルに置く。そして逸早く飲み始めた。喧嘩をした後はフランシスか自分の家で飲むことが多いから、習慣になってきているのだろう。よく冷えたほろ苦い液体をアントーニョは喉に流し込む。
 缶ビールが一本空く頃、ギルベルトが浴室から出たらしい微かな音がした。

「勝手に洗濯すんなよ、お前」

 少しばかり刺を含んだギルベルトの声がドア越しに飛んでくる。いつもなら水を滴らせながら出てくるというのに珍しい。そんなことを考えながらアントーニョは細かいこと気にしなや、と笑ってみせた。くしゃりと空缶を潰す。まだ微妙に気が高ぶっていた。

「気にするだろ…」

 帰れねぇじゃん、と言いながらギルベルトが脱衣所から出てくる。彼は断るでもなく、チェストに入れてあったアントーニョの服を着ている。着ていた制服が洗濯機の中なのだから当然といえば当然なのだ。しかしギルベルトは何故か、スウェットのズボンの上にタートルネックを着ていた。
 確か余り好きではないようなきがしたのだが。アントーニョははて、と思いながら新しい缶のプルタブに指を掛けた。
 そんな様子を横目で見ながら、ギルベルトは浴室で濡らしてきたらしいタオルを殴られた頬に当てている。ソファに腰掛けたアントーニョの隣にギルベルトが腰を下ろした。

「あーあー、赤なってるやん」

 湿布を貼ろうと手を退けさせると、頬は腫れ始めていた。ギルベルトは肌が白いから余計にそれが目立つ。アントーニョは適当な大きさに湿布を切ると、ぺしりと頬に貼り付けた。少し乱暴な手付きだったから、ギルベルトが痛みに顔を顰める。しかし声は上げない。代わりに注がれる抗議の視線を受け流して、アントーニョはギルベルトの手にビールの缶を押し付けた。

「付き合って?」
「付き合えって…明日平日だぞ」
「潰れるまで飲まへんもん」

 アントーニョはへらりと笑って答える。
 山と置かれた酒に、ギルベルトが心底突っ込みを入れたそうな顔をした。が、結局それはなされずに終わる。軽い音を立てて缶が開けられ、黄金色の液体はギルベルトに飲み下されていく。何だかんだ言って飲むのが好きな彼だから、一度飲み始めてしまえばなかなかペースが落ちない。
 他愛ない話をしながら、アントーニョはそっとギルベルトの様子を窺った。目の下にうっすら出来た隈。袖から見え隠れする腕の擦過傷。それに何だか線が細くなった気がする。先程の無抵抗といい、ギルベルトが著しく不調であるのは明白だった。そしてきっと、その原因は排しがたいものなのだ。だからギルベルトはどんどん疲弊していく。

「、何だよ?」
「ギルちゃん、晩ご飯作ったってー」

 視線に気付いたか、ギルベルトが怪訝な表情を向けてきた。
 アントーニョはさも今まで食事のことを考えていたように答える。フランシスがいないから、酒の摘みも晩ご飯も登場していないのだ。お前自分で作る気はねぇのかよ、とぶつぶつ言いながら、ギルベルトがソファから腰を上げる。キッチンに消えていく背中は、どこか消え入りそうにさえ見えた。






隠し立て不可能
(もう誰もが気付き始めてる)