「ぁ、俺やけどー」
「お兄さんオレオレ詐欺は間に合ってるんだけどな」

 今何時だと思ってるの、とフランシスが呆れた声で言ってくる。アントーニョは時計を見遣って、午前1時7分、と返した。
 携帯を片手に、空き缶や空き瓶を一纏めにしながらソファに視線を向ける。そこには深い眠りの中にいるギルベルトが寝転んでいる。いくら彼が細いとはいえ酔漢は異様に重いから、恐らくそのままそこで寝てもらうことになるだろう。朝になったら体が痛いと文句を言われそうだ。アントーニョは苦笑する。

「で? 詐欺じゃないならご用件は?」

 なかなか話を切り出さないものだからフランシスが先を促してくる。
 クローゼットから毛布を引っ張り出してギルベルトに掛けてやりながら、アントーニョは言葉を探した。しかし上手い婉曲表現が見付からない。まぁフランシスに憚ることもないだろう、とアントーニョは思ったままを口に出す。

「ギルちゃんって何かあったん?」

 電話の向こうでフランシスが息を飲むのが聞こえた。あぁやはりそうなのだ、とアントーニョは諦念にも似たものを覚える。フランシスは自分より勘がいいから、とっくにそのことに気付いていたのだろう。お前、とフランシスが打って変わって重い声を出した。

「まさかヤってないだろうな」
「ギルちゃんの手料理で一緒に飲んどっただけ」

 即答するとフランシスは安心したようだった。詰めていた息を吐き出すのが分かる。
 俺はどれだけ信用ないねん、とアントーニョは心中で呟く。家に連れ込んだのはあくまでギルベルトの違和感に気付いたからで、断じて下心からではない。違和感を感じた理由を聞かれたのでつらつらと答えると、フランシスはぁーと納得したようなしないような相槌を打った。
 今日のフランシスはどうにも歯切れが悪い。何か知っとんのやろ、と問い詰めるように言えば、彼は至極言い辛そうに話し始めた。確定は出来ない。出来ないけれど、きっと。

「はぁ?」

 告げられた言葉が理解出来なくて、アントーニョは目を瞬かせた。フランシスは今何と言った。ルートヴィッヒが、ギルベルトを、抱いている。それはつまり、抱き締めるとかではなくて性的な方と捉えていいのだろうか。ルートヴィッヒはギルベルトの弟だ。ギルベルトはこの上ない程にルートヴィッヒを可愛がっているし愛している。しかしそれは弟であるからであって。

「ギルが最近おかしいのは、きっとそれが原因だ」

 兄弟愛は素晴らしいと思う。後輩で双子の兄弟のロヴィーノとフェリシアーノも兄弟仲がいいから、見ているとかなり和む。家族なのだから疎遠になるよりも親密な方がいいに決まっている。特にギルベルトとルートヴィッヒは互いに互いが唯一の家族だ。それにしたって、兄弟間でそんな。

「お前それ頭沸いてんのちゃう」

 ないないない、とアントーニョは首を振る。
 ルートヴィッヒは品行方正だしギルベルトは彼を弟としか見ていないし、そんなことは起こり得ない。否、起こり得ないと思いたい。
 しかしフランシスはその願いとも言える考えを簡単に打ち砕く。

「だって俺、」

 現場に遭遇しちゃったんだよね。
 参った、と言わん許りのフランシスの声。アントーニョはつい携帯を握り潰しそうになった。何で止めへんねん阿呆、という怒声をどうにか押し止どめる。こんなところで怒鳴ったらギルベルトを起こしてしまう。だから代わりに地を這うような声で告げてやる。

「今度一発殴らせろや阿呆」

 そして一方的に電話を切った。
 ソファの側に座って、アントーニョはギルベルトの頬にそっと触れる。ひく、と彼は僅かに睫毛を震わせた。けれど起きる気配はない。
 指先でタートルネックを少しずらすと、くっきりと残された痣が見えた。アントーニョはやり切れなさに小さく溜め息を吐く。

「もっと頼ってくれてもいいやん…」

 呟きは夜の静寂に飲まれて消えていった。






明けていく夜
(そしてまた苦い一日が始まるの?)