電話もメールも全て無反応。ギルベルトは結局帰ってこなかった。
 ルートヴィッヒは朝から、実のところを言えば昨夜から、苛立ちを抑えられずにいた。それを感じ取ってフェリシアーノさえ余り構ってこない。彼は知らず眉間に寄っていた皺を揉み解す。誰かの家に泊まったであろうギルベルトが、糅てて加えて抱かれでもしていたら、と思うと腸が煮え返る思いがした。ふざけるな、とルートヴィッヒは歯噛みする。そんなことは許さない。

「兄さん…」

 口の中でそう呟いた時、視界の端に銀の輝きが映った。自分の教室に戻ろうとしていたルートヴィッヒは、はっとしてそちらを見る。
 そこには随分と久々に目にした気がする、ギルベルトの姿があった。フランシスとアントーニョに挟まれて彼は微苦笑を浮かべている。何を話しているのかは分からない。けれど、ルートヴィッヒにはそれがやけに不快なものに感じられた。フランシスの手がさり気なくギルベルトの腰に回る。はたき落としこそすれど、ギルベルトは絶対的な拒絶をしない。
 触るな。そんな風に、兄さんに、触るな。
 ルートヴィッヒとギルベルトの間を断ち切るかのように、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。生徒がそれぞれの教室に帰り始める。ギルベルトもその波に紛れ──見失う前に、ルートヴィッヒはその手を掴んでいた。細い腕。昔は逞しく見えていた兄は、こんなにもか細い。
 力に任せて引き寄せ、人の波に逆らって走る。手近な空教室の扉を引き開けると、ルートヴィッヒはギルベルトをその中に放り込んだ。

「痛っ…」

 突き飛ばされるようにされたギルベルトが床に倒れ込み、小さく声を上げる。混乱した様子の瞳が瞬き、後ろ手に扉を閉めるルートヴィッヒを捉えた。音を立てて頭から血が引くのが聞こえるようだ。目に見えてギルベルトが青褪める。
 ルートヴィッヒは扉に鍵を掛けると、一歩一歩距離を詰めていく。ギルベルトは跳ね起きると、それに合わせるようにずるずると後退した。

「、ルッツ……」

 怯えた瞳。動揺と恐怖に揺れる、紅。ルートヴィッヒはすぅと目を細める。ギルベルトがそれを捉えてびくりと体を震わせた。じりじりと後退していた彼の背が壁に当たる。教室はどこもそう広くない。彼が逃げるのを阻む壁は必ず存在する。
 力の加減をせずに、ルートヴィッヒはギルベルトの顔の間近に手を突く。ひ、と短く息を飲む音がやけに大きく聞こえた。あぁ苛々する。

「連絡もなしに帰らないとはどういう了見だ、兄さん?」

 出来る限り感情を抑えて問う。今までルートヴィッヒを窺うように見つめていたギルベルトは、途端に気不味そうに視線を逸らした。素直に答えればいいものを。そんな反応は、ルートヴィッヒの中に蟠り続ける苛立ちを煽るだけだ。小さく溜め息を吐く、それにさえギルベルトは体を震わせる。

「答える気はない、か。まぁいい」
「ゃだっ…ルッ、っ!」

 ルートヴィッヒはシャツに手を掛けると、半ば引き千切るようにボタンを開く。ギルベルトの細身の体が目の前に晒される。自分のつけた痣と痕とが色濃く残る滑らかな肌。それは酷く艶めかしく見る者を誘う。
 この肌に何人が所有の証を刻んだのだろう。この体を何人が組み敷いて犯したのだろう。
 そんなことを考えながらルートヴィッヒは自分のネクタイを抜く。歪んだ笑みを作る口元に、ギルベルトが泣きそうな顔をした。






進行する独占欲
(俺以外を見ることなど許さない)