「なぁ、反応あった?」
「全くなしや」
3年の廊下、教室を覗き込む形でフランシスが問うと、アントーニョはお手上げという風に答えを返した。
数日前からギルベルトが休んでいる。丁度成り行きでアントーニョの家に止まった翌々日からだ。風邪、ということらしいが、二人には到底信じられない理由である。
最初から決め付けてかかるのはいけないだろう、と連絡を取ってみたのだが。メールにも電話にも全く反応が返ってこない。余程具合が悪いのか。それとも、携帯を触れない状況にあるのか。そのどちからしか考えられない。
二人の予想は後者だった。入院でもしていない限り、ギルベルトは暇を持て余して何らかの反応を返してくる筈だ。実際、怠い辛いと言いながら電話に出たことが何度もある。フランシスは着信を告げない携帯を弄びながら、小さく溜め息を吐く。
ギルベルトのことは心配だし、出来ることがあるならしてやりたいと思う。けれど、圧倒的に情報の少ない現状ではどうにも動くことが出来ない。
「いっそ殴り込もか」
不穏なことを言い出すアントーニョに、フランシスは盛大に口の端を引きつらせる。この友達、たまに素で物騒なことをいいだすのだから堪らない。お兄さんまだ犯罪者にはなりたくないんだけど、と控え目にアピールすると、アントーニョはむぅと唇を尖らせる。
外に出ていないだけで、かなり苛付いているらしい。フランシスは冷や汗を掻きつつ、携帯をポケットに落とし込む。
「どないしやええんやろ…」
「全くだねぇ」
何かしたいのに何も出来ない。それが酷くもどかしい。殴り込まないにしろ、一度家の前まで行ってみようか。何か分かることがあるかもしれない。
きっと家中に踏み込むことは、ルートヴィッヒに阻止されるけれど。アントーニョがいれば恐らく、彼を押し退けて上がり込むことは可能だろう。けれどそうすればめでたく犯罪者の仲間入りだ。不法侵入に、暴行──もしくは傷害か。この歳でそんなことになるのは、慎んで遠慮願いたい。
突飛のことを言い出すアントーニョを止め、控え目なプランを提案し、拒否されて仕方なく譲歩案を出す。暫くそんなやり取りが続いた。フランシスは物騒なことを言われる度に本当に実行するのではないかと戦々恐々だ。
取り敢えず外からで構わない、様子を伺ってみよう。
休み時間も大分少なくなり直に予鈴が鳴るという時に、二人はそう決めた。何かしないと気が済まない、という点では一致していた為、ひとまずは様子見をするということで落ち着いたのだ。どれだけ心配していようと自分たちは所詮学生。出来ることには限りがある。手に負えなくなったら然るべき人なり機関なりに任せるのが一番である。というのがフランシスの持論だった。
「それじゃ、放課後にね」
「校門で待っとるわー」
何とも絶妙なタイミングで予鈴が鳴り響く。フランシスは教室に向かって乗り出していた上半身を引っ込めると、ひらりと手を振る。アントーニョもそれに応えてひらひらと手を振った。
端から見れば、よくつるんでいる二人がまた話し込んでいる、という風にしか見えなかっただろう。事実、よくつるんでいる二人が話し込んではいたのだが。その内容はいつもとは違い、極めて深刻なものだ。フランシスにもアントーニョにも笑顔がないことから、普段のような話をしているのではないのかも、とよく気が付く者なら察しがついたかもしれない。
「頼むよ、ギルちゃん…」
何事もなければそれでいい。否、既にその何事かは起きてしまっているのだが、これ以上悪化しなければ一応は御の字だ。けれど、嫌な気配はぞわぞわと背を舐める。事態が悪い方向に転がっていく予感しかしない。
自分の教室に向かいながらフランシスは力なく首を振り、ポケットから携帯を取り出す。目を落としたそれはやはり、ギルベルトからの連絡を告げてはいなかった。
意識を支配する焦躁
(どうか君の声で、言葉で、無事を知らせて)