痛い。痛い。頭に浮かぶのはただそれだけ。
縛られた手も、噛み付かれた場所も、無理矢理入られた中も、どこもかしこも痛かった。けれどそれより痛いのは、心。胸の中で柔いそれが血の涙を流している。
俺は、俺たちは一体どこで間違えてしまったのだろう。体と乖離した思考の一部で、ギルベルトはそんなことを考えていた。
「ぃやぁっ、ぁああ、ひぁ…!」
口から零れるのは苦鳴混じりの嬌声。好き勝手に突き上げられては抑えようにも抑えられない。ルートヴィッヒと壁との間に挟まれてギルベルトはびくびくと体を跳ねさせた。加虐に慣れてしまった体は手酷くされてもどうしようもないくらいに感じて、何度も絶頂に達している。
いつもなら意地の悪い笑みを浮かべて詰ってくるのに、ルートヴィッヒは何も言わない。感情が一欠片も窺えない碧い瞳がじっと見下ろしてくるだけだ。凍り付いた酷く冷たい視線。
「んぁあ! あっ、あ、ぁ、ぁあっ」
がむしゃらに奥を擦られてぱちぱちと脳裏に極彩色の火花が散る。ぼろぼろと涙が頬を伝い落ちていく。あぁ、お願いだから何か喋って。そんな物を見るみたいな目で、見ないで。嫌だ。こんなのは、嫌だ。
「ゃ……ツ…ルッツ、」
縋り付きたくとも縛られた腕ではそう出来ない、だからギルベルトは必死で弟の名を呼んだ。ルートヴィッヒの眉が寄る。がり、と首筋に歯が立てられた。犬歯が皮膚を裂く。容赦なく肉を抉っていく。それが黙れ、と言っているようで、ギルベルトは唇を噛んだ。
ルッツ。ルートヴィッヒ。唯一の家族であり、可愛い弟。たとえ自分より男らしくなったとて、それはずっと変わらないと思っていたのに。
「………兄さん」
噛み痕に舌を這わせながら、ルートヴィッヒが低い声で呟く。それには確かに何かしらの感情が含まれていた。けれど、ギルベルトにそれを理解する余裕は与えられなかった。
首に指が回される。ぐ、と込められる力は最早しっかりと加減を覚えている。辛うじて呼吸を可能にしながら、ギリギリと締め上げられた。快楽と酸欠に視界が白む。
「っ…く……ぅ、…」
「…兄さん」
大分慣れてしまったその圧迫感に耐えながら、ギルベルトは弟に視線を向けた。涙で滲んだ視界では、自分の肩口に顔を埋めたルートヴィッヒの表情を上手く捉えることが出来ない。それでもギルベルトは何故か、彼が泣いているのではないかと思った。それ程に自分を呼ぶ声は切実な響きを含んでいた。
ずくり、と胸が痛む。それに呼応するかのように、内壁はルートヴィッヒを締め付ける。熱い吐息が頬を掠めて、グッと腰が押し付けられた。呼吸を狭める指からふっと力が抜ける。
「は、ぁ…ぁっあァああぁ!」
そして奥の奥にたっぷりと吐き出される熱。それにつられるようにして、ギルベルトは随分と色をなくした体液を先端から溢れさせた。イヤらしく湿った音を立ててルートヴィッヒが出ていく。ぞんざいに腕を縛っていたネクタイが解かれる。
快楽の余韻と休養を迫る疲労に包まれて、ギルベルトは支えを失うとペタリと床にへたり込んでしまった。後孔から零れる白濁が床と足首に纏わりつくズボンを汚した。火照った体を冷たい壁に凭せ掛けて荒い呼吸を繰り返す。熱い。ルートヴィッヒが触れたところがどうしようもなく、熱い。
蕩けた目でぼんやりと虚空を見つめるギルベルトとは対照的に、ルートヴィッヒは手早く身支度を整える。そしてギルベルトに背を向けた。去ろうとする彼の袖口に、ギルベルトは気付けば追い縋っていた。また感情を消してしまった碧眼が見下ろしてくる。
「ルッツ、」
それ以上を言う前に振り払われる手。上手く力の入らない指はあっさりと袖を離してしまう。ルートヴィッヒはスルリと視線を前に戻すと、振り返ることなく去っていった。その背中は明確にギルベルトを拒絶していた。
宙に浮いていた手は行き場を失って、ぱたりと床に落ちる。ギルベルトにはもう訳が分からなかった。どうしてルートヴィッヒはあんな泣きそうな声で自分を呼ぶのか。泣きたいのはこちらの方だ。可愛い弟に犯されて、剰えずるずると関係を強いられて。心の均衡が今にも崩れてしまいそうで、苦しくて苦しくて。それでも逃げ出せなかったのは、誰にも助けを求めなかったのは、ルートヴィッヒが弟だからだ。いつか元通りの関係に戻るのだと、悪夢は覚めるのだと、思っていた。
けれど。もう無理だ、耐え切れない。冷たく接するならあんな声で呼ばないで。自分を凌辱する男の獰猛さの中によく知った弟の影を見るなんて、夢だとしても辛過ぎる。
「、…っ、……」
ひく、と喉が微かに嗚咽を漏らす。ギルベルトは声もなく、その場に泣き崩れた。
忍苦はもう限界
(嗚呼どうかこれ以上、)