「おい、お前らここで何してる」

 聞き慣れた刺々しい声が飛んできて、フランシスははっとして振り返った。アーサーのものだ。アントーニョを押し退けて、彼は中に入ってくる。フランシスは慌てて位置関係を確認する。入口付近からは自分の体で上手い具合に隠されて、ギルベルトは見えないようだ。そのことにホッとしながらもフランシスは平静を装って口を開く。

「そっちこそ何やってるの、生徒会長様」
「元、な。今から参加すんのも面倒だからサボりだ」

 風紀委員会議が長引いて走って戻っても始業に間に合わないから、とアーサーは付け加える。そんな理由でサボるだなんて、何て不真面目な生徒会長様だ。本人が訂正した通りそれは二年生の時の話で、今は風紀委員長の座に退いているのだが。流石は元ヤン、といったところだろうか。未だに立派に不良の精神が息衝いているらしい。
 フランシスは不自然に見えないようにギルベルトを庇いながら、アーサーをどうやって上手く追い返そうか考える。アントーニョに引き摺り出させると後々の追及が些か怖い。しかし床に膝をついたフランシスの格好にアーサーが不審を抱く方が早かった。いつものように近くも遠くもない間合いを開けて立っていたアーサーが、ひょいと体の陰を覗き込む。

「……ギルベルト?」

 フランシスにしがみついているギルベルトは、ほとんど顔をシャツに埋めてしまっている。それでもアーサーが彼だと分かったのは、特徴的な銀髪の為だろう。風紀委員がギルベルトをブラックリストに載せた原因の一つだ。身体的なもう一つの原因は今は見ることが出来なかったであろう紅い瞳。
 どっちも生まれつきだって何回言わせるんだ、とギルベルトがぼやいていたことがある。彼が風紀委員に要注意人物扱いされているのには、他にも大量に原因があるのだが。入学して早々からブラックリストに載ったようなので、二年生で生徒会長、現在風紀委員長をやっているアーサーが知らない筈もない。

「お前何やってんだ…」

 思い切り人でなしを見る目を向けられて、フランシスは口元を引き攣らせた。ちょっと待て、何でそうなる。ギルベルトをこんな有様にしたのが自分だとすれば、縋り付かれる訳がないだろう。第一フランシスに加虐嗜好癖はない。断じてない。

「違うって、俺はいたいけな小羊を保護しただけで」
「保護?」

 その言葉に不穏な気配を感じ取ったのか、アーサーは眉を顰めた。じろりと疑わしげな視線を向けられる。あぁ信用ないなぁ、とフランシスは肩を竦めてみせた。
 そうしながら、頭の中では今後のことをつらつら考える。取り敢えずギルベルトをルートヴィッヒから引き離したいから、家には帰らせられない。となれば誰かの家に泊めることになるのだが、フランシスもアントーニョも家の場所が割れている。ルートヴィッヒが訪ねてこないとも限らない場所に、出来ればギルベルトを置いておきたくないのだが。
 そこまできて、フランシスの頭は一つの提案を導き出す。目前には腐れ縁の幼馴染み。こう言っては何だが、丁度よくないだろうか。

「なぁ、暫くお前ん家にギル匿ってくれない?」
「…は?」

 いきなりの発言にアーサーが訳が分からない、という顔をする。
 頼み事をする、要は関係者に引き摺り込むのだから話さない訳にはいかない。フランシスは掻い摘まんで事の顛末をアーサーに伝える。話が進むに従ってアーサーの表情は険しくなっていき、終わった時には盛大な溜め息を吐いた。そして物凄く嫌そうな顔でフランシスを見る。その視線は多少和らいだ後、ギルベルトにも注がれた。

「…しょうがねぇな、貸しだぞ」

 溜め息混じりの言葉に、分かってるよ、とフランシスは頷く。何の見返りもなしに援助が得られるとは思っていない。
 どうせサボるなら今のうちに家に、ということで、何故だかアーサーは携帯を取り出した。何をするのかと思えば誰かに電話を掛けて一言。
 ──車出せ。
 フランシスとアントーニョが呆気に取られたのは、言うまでもない。






持つべきものは腐れ縁
(いつもは鬱陶しいそれもごくたまには役に立つらしい)