フランシスとアントーニョが隣り合わせに座り、アーサーがその向かいに座る。テーブルの上にはウェッジウッドに入った紅茶。そんな光景が恒例になってきている。
ギルベルトとルートヴィッヒを引き離してから10日が経った。
「ギルはどう?」
「食べてはいるが食欲はないな」
フランシスの問いにアーサーが溜め息混じりに答える。鬱屈とした人間が側にいると、それに引き摺られてしまうらしい。アーサーも幾分か疲れた様子だ。
ギルベルトは段々と落ち着いてきているようではあったが、フランシスには無理をしているように見えた。まだ10日だ。気持ちに整理がつかない方が普通だろう。可愛がっていた分、傷を癒すにはきっと時間が掛かる。
フランシスは視線を向かいから隣へと移動させる。アントーニョは欠伸を噛み殺していた。思うところがあって眠れないのは何も当人たちだけではない。
「あいつは?」
「フェリちゃん経由の情報やけど、随分キてるらしいわ」
ルートヴィッヒ、とは言わなかった。口に出したら苛立ちまで全て吐き出してしまいそうだ。アントーニョがフェリシアーノから聞いたところによれば、彼もかなり参っているらしい。意識的に避けているからフランシスは見たことがないが、日増しに疲労の色が濃くなっていくとか。
自業自得だ、と思う。あんな風にギルベルトの心を無視して無体を強いて。受けるべき報いだ。
けれど、ルートヴィッヒも苦しい想いを抱えているのだろうか。ギルベルトにとって彼が大切な弟だったように、彼にとってもギルベルトは大切な兄だった筈だ。その関係を壊す危険を犯してまでああしたのは、してしまったのは、ギルベルトのことを。
フランシスは緩く頭を振る。たとえそうだとしても、ルートヴィッヒがしたことは許されない。許す訳にはいかなかった。
「どうするつもりなんだ、これから」
アーサーが紅茶に口をつけながら言葉を紡ぐ。無理に理由をつけてギルベルトを休ませておくにも限界が出てきている。アーサーの家にいるのも、もうかなり苦しいところだ。家族の目もある。フランシスかアントーニョの家に移るのは可能だ。今日にでもそうして構わない。
しかしそれでは根本的な解決には至らないのだ。逃げれば逃げただけ、問題は先送りされるだけだ。話し合いの場が持たれなければならない。そうは分かっているが、ギルベルトとルートヴィッヒを会わせたくないというのがフランシスの本音だった。ギルベルトは未だ不安定だ。そんな彼がルートヴィッヒに会うと思うと、いても立ってもいられなくなる。
傷付かない方法などないということは痛い程に理解している。けれど、出来ればこれ以上傷付いて欲しくない。ギルベルトは十分に傷付けられた。これ以上があれば、今度こそ壊れてしまいそうでならない。
──と、フランシスの思考を控え目なノックの音が遮った。アーサーが応じると使用人の一人が入ってきて、彼に何事か耳打ちする。
それを聞いた途端、アーサーの眉が不快げに寄った。
「…分かった」
努めて表情を殺したアーサーが出ていく姿に、フランシスは何とも言えない嫌な感覚を覚えた。
不穏な気配
(一度は止まった歯車が再び動き出す音がした)