それを知ったのはあくまで偶然だった。たまたま通り掛かった教室で、フェリシアーノの菊が話していた。その内容が耳に入り込んできたのだ。
 それで、ギルベルトさんは? フランシス兄ちゃんが助けて、今はアーサーの家にいるんだって。
 そんな会話。聞く気はなかった。けれどそうなることが必然であるように、それはルートヴィッヒに彼の居場所を教えた。訪ねない、という選択肢は始めから用意されていなかった。
 会ってもどうにもならない。拒まれるだろう。そう思っていても、足は勝手にそちらに向かうのだ。目が窓辺に佇むギルベルトを捉えてしまえば、自制は利かなかった。
 使用人の取り次ぎで出てきたアーサーに迎え入れられ、ルートヴィッヒは家の敷居を跨ぐ。会話はない。ピリピリとした緊張感が増していくだけだ。
 と、行く手にある一つの扉が開いた。そこから顔を覗かせたのは、フランシス。彼が色を失うのは当然過ぎる成り行きだった。

「っ、お前…!」

 胸倉を掴まれて、だん、と壁に押し付けられる。学園内で数少ない不良の一人と目されているだけあって、見た目に反してその力は強い。叩き付けられた後頭部が鈍く痛んで、ルートヴィッヒは僅かに眉を顰めた。しかし抵抗はしない。
 自分よりも僅かに低い位置にあるフランシスの顔を見つめる。自分とは違う碧い色の目が怒りに燃えていた。あの時と同じように。

「よくものこのことやってこられたな」

 獣が唸るようにフランシスが言葉を吐き出す。
 どこからかギルベルトの居場所が知れることは分かっていたのだろう。平然とした顔でルートヴィッヒがやってくるとは、よもや思わなかったようだが。
 実際のところ、見掛けこそ取り繕ってはいるが、ルートヴィッヒは心穏やかでない。フランシスの言葉がまるで刃物のように、胸を抉っていくような気がした。全くその通りだ。よくものこのことやってきたと思う。顔向け出来るような身ではないのに、よくも。
 ルートヴィッヒは乾いた笑いを漏らす。ギリ、と歯軋りをしたフランシスが右腕を振り抜いた。鈍い衝撃と共に、鉄の味が口の中に広がる。

「ふざけるなよ、お前のせいでギルがどれだけ…!」

 どれだけ苦しんだことか。どれだけ傷付いたことか。
 その一言一言は殴打よりも余程重い打撃をルートヴィッヒに与えた。そうだ。何よりも大切で愛しい彼を損なわせたのは、紛れもなく自分。言い訳をしようと思えばいくらでも出来る。けれどルートヴィッヒはそうしようとは思えなかった。だからフランシスの言葉の一つ一つが自分を抉っていくのに任せる。こんなことが贖罪になるとは思っていない。それでも、責められることでギルベルトへの想いが少しでも鳴りを潜めるなら、それでいいと思った。
 ぐっとフランシスが拳を握る気配。ルートヴィッヒはただ黙って彼を見つめる。
 振り上げられたそれは──しかし目標には届かなかった。

「な、に…してんだよ!」

 そんな声と共に、小柄な人影が二人の間に飛び込んできたから。視界を塞ぐ銀色に、ルートヴィッヒは目を見張った。






抗えない衝動
(心はいつだって苦しい程に貴方を渇望しているのだ)