抱き寄せるとギルベルトは瞬間的に硬直し、僅かに震えた。
腕の中にすっぽりと収まった体は痩せ細って、とても兄と同一人物であるようには感じられない。彼の体付きは逞しいとは言えなくとも、もっとがっしりしていた筈だ。それが今は折れそうな程に、頼りない。
これも自分のせいか、とルートヴィッヒは目を伏せる。自分のせいでこんなにも、ギルベルトは、愛しい兄は、痩せた。ルートヴィッヒは彼を抱く腕に力を込める。肩口に顔を埋めたまま、兄さん、と彼を呼ぶ。
ギルベルトの鼓動は早いままで、追い詰められた獲物のように体が震えている。あぁ、離してやらなければ。ルートヴィッヒはそう思いながら、ギルベルトを解放することが出来ない。本当は触るつもりなどなかったのだ。それなのに、手の届く位置にいる彼を抱き寄せずにはいられなくなった。そうしたらいよいよ、離したくなくなった。愛しい、大切な、兄。
ずくんと胸の内奥が疼く。どうせもう望みなどないなら、ここで言ってしまっても構わないだろうか。ずっと伝えたかった。けれど、ずっと押し隠してきた。このまま抱え続けたら気が狂ってしまいそうだ。それ程に切なる、想い。
ルートヴィッヒは小さく息を吐く。
「…愛してる」
それは吐息の間の呟きに近かった。それでも距離故に聞こえたのだろう、ギルベルトは大袈裟な程に体を戦慄かせる。
あぁ、離してやらなければ。そうして本当に、終わるのだ。本音を言えば手放したくなどない、諦めたくなどない。けれど、けれどこれが彼に触れる、最後。ルートヴィッヒは緩慢な動作で腕を解いていく。名残惜しい想いを、腕と一緒に引き剥がしていく。しかしそれは、他でもないギルベルトによって遮られて完遂を逃した。
怖々と背中に手が回される。彼を離そうとしていた腕は途中で固まってしまう。何が起こっているのかよく分からないまま、ルートヴィッヒはやわりと抱き締められた。
「俺、は…」
ひく、とギルベルトの喉が鳴る。ぽたりと滴が落ちてきて、ルートヴィッヒは顔を上げようとした。だがそれは許されない。ギルベルトが肩に額を預けてくる。互いの肩に顔がある形になる。吐息が近い。
気持ちを落ち着けるように、耳元で深い呼吸が繰り返される。背中に回されたギルベルトの腕の力が僅かに強まった。
「よく分かんねぇ、けど、」
彼は必死で言葉を探している様子で時折声を詰めながら、それでもどうにか先を紡いでいく。
分かり切った答えなど聞きたくない。そう思うのに、ルートヴィッヒはギルベルトの腕を振り払うことが出来ない。その口を塞いでしまうことも。だからゆっくりと、それでも確実に、望まないそれは近寄ってくる。
聞きたくない。聞かなくては、きっと彼を諦められないけれど。聞きたくない。言ってしまわないで。無言の内に分かっているから。
あるのは拒絶──
「ルッツと一緒に、いたい」
では、なかった。
容認ではないが、拒絶でもない。ルートヴィッヒは驚いて顔を上げる。今度はその動作を阻むものは何もなかった。ギルベルトはまだ顔を埋めていて、その表情を確認することは出来ない。
けれど、確かにそこに彼はいた。一緒にいたいと、そう言う彼が。
「兄さん…ギルベルト、」
ルートヴィッヒはそっと頬に手を添えて、顔を上げさせる。泣き濡れたギルベルトの瞳がルートヴィッヒを見つめた。自分とは似ても似つかない紅。それは確かに愛しい兄のものだ。ずっとこうして抱き締めたかった、兄の。
何事か言おうと薄く開かれたギルベルトの唇に、ルートヴィッヒは自分のそれを重ねる。拒絶はない。切なげに震えた瞼がそっと伏せられるだけだ。目尻に溜まっていた涙が頬を伝い落ちる。
ルートヴィッヒは決め兼ねていた選択を、その時固めた。
僥倖で定まった決意
(気が付けば貴方を泣かせてばかりいる、だから、)