ギルベルトが家に帰る、と告げてきたのはルートヴィッヒを部屋に連れていってから30分程後の事だった。
それを聞くと、フランシスとアントーニョは揃ってソファから立ち上がった。驚愕に顔を引き攣らせた二人の表情はこの世の終わりを知ったかのようだ。それ程までとは行かなくとも、ギルベルトの発言にはアーサーも驚かされた。弟馬鹿なのは知っていたが、まさかそこまで甘いとは。3人で暫し呆気に取られる。
突飛な発言に多少は慣れているのか、悪友二人の立ち直りはアーサーよりも幾分か早かった。お前あんな事の後で、とフランシスは頭を抱えながらギルベルトの説得を始めた。一方のアントーニョはやけに爽やかな顔でルートヴィッヒを別室に連行していった。その時の二人の行動の素早さは感嘆に値する。
しかしその甲斐も空しく、それからまた約30分後、兄弟は仲良く帰宅の途に就いてしまった。去っていく背中を見送って3人は盛大に溜め息を吐く。
「何なんだあいつらは…」
「理解出来へんわ…」
「お兄さん付き合ってられないよ…」
二人きりの30分間に一体何があったのかなど、知る由もない。ギルベルトが目を充血させていたことと、ルートヴィッヒの頬が腫れてきていたこと。外見から見て取れた違いはそれくらいだ。それなのに少しのぎこちなさを残しながら、二人は帰っていってしまった。
残されたフランシスとアントーニョ、アーサーにしてみれば公正な説明を求めたいところだ。巻き込まれた形とはいえ一応は関係者だというのに、何の情報も与えられないのは釈然としない。何がどうなったらあんな風に決着がつくというのだろう。全くもって分からなかった。
兄弟仲が非常に悪いアーサーにしてみれば、ギルベルトとルートヴィッヒの関係は一種未知の領域でさえある。その異常なまでの親密さをほんの少しでも譲って欲しいくらいだ。
「もう駄目。………よし、飲もう」
「てめ、どこから持ち出しやがった?!」
途中でガラリと口調を変えたフランシスが手にしているのはブランデーのボトルだった。アーサーは蟀谷をヒクつかせる。いつの間に探り当てたんだ、この遊び人は。
などと思っている内に栓が開けられる。アントーニョがどこからともなくグラスやら氷やらを持ってきて、遠慮も会釈もなく勝手な飲みは始まってしまう。
アーサーは自分の中で、ぷつん、と何かが切れる音が聞こえた気がした。
「誰の家だと思ってやがる、あぁ?」
グイグイと艶やかな金髪を引っ張ってアーサーは凄む。が、流石は幼馴染み、慣れているせいかそんな脅しは通用しなかった。アントーニョにも視線を向けるが、彼は彼で持ち前の空気の読めなさを発揮して躱す。
実に憎たらしい二人だ。先程までの深刻な顔はどうした。それこそどちらが当事者か分からないくらいに沈み込んでいた癖に。
「まぁまぁ、俺とお前の仲じゃない」
するり、と自然な仕草で腰に回されたフランシスの手を全速ではたき落とす。
あぁまさか反動ではないだろうな、とアーサーは顔を引き攣らせた。散々振り回されて、碌な説明も礼もなく放り出されてしまったのだ。元々ノリが軽い奴等であるから、一連のことで相当鬱憤が溜まっているに違いない。それがここで発散されるとしたら。
非常に、不味い。不味い以外の何ものでもない。
アーサーは慌てて止めようとしたが、その時には最早、手遅れでしかなかった。
鬱憤の発散方法
(酒でも飲まなきゃやってられないって、オヤジかてめぇら)