朝日が眩しい。ギルベルトは余りの日の明るさに目を覚ました。寝惚け眼でベッドサイドの携帯を探り、ぱちりと開いて時間を確認する。9時23分。

「ぁー……」

 完璧に遅刻だ。もう一限目が始まっている。近さで選んだに等しいから学園までは自転車で15分くらいの距離だが、今から用意をすれば二限に間に合えばいいところだろう。自転車に乗る気は起きない。もういっそサボりたい。
 ギルベルトは重い体を引き摺って何とかベッドから這い出した。頭がズキズキするのは浴びるように飲んだ酒がまだ微妙に残っているから。腰がズキズキするのは、ルートヴィッヒに抱かれた、から。もう二日前のことになるのに、ギルベルトは未だにそのことが信じられなかった。夢でない証拠は腰の痛みと、しっかりとつけられた喉元の痕。ギルベルトは赤黒くなっているそこに指を這わせる。
 ずっと、ルートヴィッヒはああしたいと思っていたんだろうか。
 自分の考えに身震いして、ギルベルトは小さく首を振る。考えるのは止めよう。思い出したくない。あの後気が付いたら自分の部屋にいて、幸いにも引き籠もっていたら構わないでおいてくれたから、あれ以来ルートヴィッヒと顔を合わせていなかった。気不味くなるから寝坊してよかった、とギルベルトは思う。こんな時間に煩い弟が家にいることは絶対にない。

「面倒臭ぇな…」

 ギルベルトは呟きながら制服のシャツに袖を通す。ズボンに足を突っ込んでベルトをして、ネクタイは鞄に放り込む。締める気が起きなかった。
 ギルベルトが起きた時には、制服はきちんと洗濯されアイロンがかけられてクローゼットに納められていた。体だって綺麗に拭われていて、それが余計に自らを襲った出来事を意識させた。
 あぁ、学校に行く気が出ない。
 溜め息を吐いてベッドに座り込んだ時、立て続けに着信メロディが鳴った。ギルベルトは枕元に置いたままの携帯に手を伸ばす。新着メール2件。示し合わせたかのようにメールを送ってきたのは、フランシスとアントーニョだった。
 『ギルちゃん今日来ぉへんのー?』と書いてあるのは同じクラスのアントーニョからのメール。
 『今日来てないらしいけどもしかしてお兄さん無理させちゃった?』と書いてあるのは隣のクラスのフランシスからのメール。
 お前ら授業中だろ、とギルベルトは半眼になった。けれど普段通りの文面のメールが、今は少しだけ嬉しい。今から行く、と二人に纏めて返信をして、ギルベルトは部屋を出た。朝ご飯を食べる暇も気分もないからそのまま玄関に向かう。靴を履いて鍵を掛けて、いつもは自転車で通る道をのんびりと歩く。倍以上の時間が掛かって漸く学園に辿り着いた時には、しっかり二限目が始まっていた。
 自分のクラスは何の授業だっただろう、とぼんやりとギルベルトは考える。口煩い教師だったら三限目から出ることを間違いなく選択する。今の状態では教師と口論するなんて重労働を熟せる気がしない。ギルベルトは正門を通り、校庭を横目に見ながら人気のない昇降口に向かう。流石に二限目が始まってから登校して来るような生徒はそういないようだ。
 この学園は意外に頭がいい部類に入るらしいから、真面目な生徒が多いのだ。お蔭でギルベルトが浮く羽目になっている。まぁ浮いていると言えば彼の友達であるフランシスとアントーニョもなのだが。
 ふと校舎に目を遣ると、二階に見知った顔が見えた。窓際に座る少しだけ癖のある金髪の青年。フランシスだ。彼は珍しく真剣な視線を前に向けていたが、ふと顔を動かした。何気なく外に向かった視線が、ギルベルトのそれと搗ち合う。お、とすぐさま表情を緩めたフランシスがにこやかに手を振ってくる。手を上げて応えようとして、ギルベルトは代わりに半笑いを浮かべることになった。彼の後ろに地獄の鬼とは斯くや、という表情の教師が立っていたので。
 フランシス、後ろ後ろ。






非日常からの帰還
(嗚呼出来ることならずっとこの日常の中にいたい!)