「おい、ギル?!」
手を払い除けたかと思うと駆け出したギルベルトの背中に、フランシスは声を投げ掛けた。答えはない。振り返りさえしない。フランシスは派手な音を立てて閉まった屋上の扉を見遣る。
ギルベルトの顔は蒼白だった。腕を払った手は、僅かに震えてさえいた。
フランシスは眉を顰める。あんな反応をギルベルトがするところなんて初めて見た。他人に弱みは見せないタイプなのだ、彼は。直隠しにして、知らないうちに自分で解決している。それだけに心配でならない。一体ギルベルトに何があったのだろう。
「お前何か知ってるか?」
「ギルちゃんが俺に言う思うん?」
アントーニョにそう返されて確かにな、とフランシスは納得してしまった。
朝教室から見た時はいつも通りだった気がするのだが、あの時から既に何か抱え込んでいたのだろうか。気が強く、それがたまに傲慢にも感じられる彼の友達は、実のところ繊細なのだ。くよくよ悩むようなことはしない。けれど酷く傷付いた顔をすることがあるのをフランシスは知っている。
より近くにいるアントーニョが頼りにならないものだから、あんな反応をされたら気が気ではなくなってしまう。明らかにおかしな反応。袖口からちらりと見えた、あれは。
「痣、か?」
別にギルベルトが痣を作っていることなんて珍しくも何ともない。向かうところ敵なしだとか言われているが、負けなくても殴られたりはする訳で。説明はいくらでもつく。説明がつかないのがあの反応なのだ。顔を蒼白にして手を払い除けるなんて、嫌だったにせよ過剰過ぎる。嫌ならはっきり口で言うだろう、彼の場合は。
「たまたま気分悪くなったんならいいんだけどね…」
フランシスは呟く。
それならそれで、何だか自分がギルベルトの気分を悪くさせる物質のようで嫌だが。でも本当にたまたま気分が悪くなったのならいいのだ。暫く休むなり薬を飲むなりして治すことが出来る。
あの時は悪かったな。気にしなくていいよ。
そんなやり取りで終わらせられる。けれど。そうではないと、そんな単純なことではないと、直感が叫んでいた。何かがおかしい、狂い始めている。そう脳裏で誰かが声高に叫んでいる。
それでも手掛かりの一つでもなければ、何があったのかなんて分かりはしないのだ。漫画やドラマのように手掛かりが自分から転がり込んできてくれる、なんて都合のいいこともない。だからフランシスは信じるしかなかった。きっとこれからも、今までと変わらない日常が続いていくのだと。
きっと叶わない希望
(薄々は気付いてた、もう変わり始めていることに)