「来い」

 命じられるがままにギルベルトはルートヴィッヒに歩み寄る。事務的な動きだ。感情は心の奥底に押し込める。ほんの少し、ほんの少しの我慢で終わる。そう自分に言い聞かせる。
 ベッドに座る彼の一歩手前で立ち止まると、ぐい、と腕を引かれた。ギルベルトは特に抵抗もせずにルートヴィッヒの腕の中に倒れ込む。服越しに触れ合う体温。吐息が、近い。ギルベルトは心中で身を竦ませた。
 あれから、あの土曜日から、二週間が経った。悪夢は一度では終わらなかった。何度も何度も何度も、ルートヴィッヒはギルベルトを押さえ付けて犯す。後で耐え切れずに吐いているのを知らない訳でもないだろうに。あの時つけられた痣は消えないまま、色濃くなっていくばかりだ。決して赦されない罪の痕を刻み付ける、ように。

「ぁ…っ」

 シャツの上から乳首を潰されて、ギルベルトは切なげな声を上げた。少し触れられただけでも体は過剰に反応する。ルートヴィッヒの手が否応なく服を取り払っていく。つけられた痕が、痣が、白日の元に晒される。彼はそれを見て、とても満足そうに、笑う。
 ギルベルトはキツく唇を噛んだ。止めて。触らないで。お願いだから、大切で可愛い弟のままでいて。口には出さない、出せない願いはいつも叶わない。
 背がシーツに触れる。ルートヴィッヒは嫌味な程的確に快楽を煽っていく。抑えられない声がギルベルトの唇から漏れる始める。

「ぁっ、あ、あ、ゃ…!」

 自身を嬲っていた指が、するりと後孔に移動する。散々雄を咥え込まされたそこは、もう淫らに綻び掛けていた。柔順に作り替えられていく体。
れは確かに自分のものなのに、そうではなくなっていくようで、怖い。ぐち、とイヤらしい水音を立てて指が中に入っていく。
 ここ二週間でどこがどういいのかを熟知したルートヴィッヒは、我が物顔で内を蹂躙する。跳ねる快楽、それと共に。ぞわり、と体の奥から嫌な感覚が這い上がる。

「やっ…やだ、やだぁ! ひぅっ」

 身を捩って逃げようとすると、伸ばされるルートヴィッヒの手。それは躊躇いなく喉に食い込んだ。容赦ない力でじわじわと気道を圧迫される。酸欠に脳が、全身の細胞が喘ぐ。生理的な涙を湛えた瞳で、ギルベルトは弟を縋り見た。滲んだ視界の向こうにあるのは、凍て付いた碧い瞳。まるで滑稽な玩具を見るような、そんな眼差し。そしてルートヴィッヒは、至極優しい声音でギルベルトを詰る。

「本当にどうしようもない淫乱だな、兄さんは」
「か、は……っ、っ…」

 意識が混濁する一瞬先に手が放された。急に大量の空気が入ってきて、ギルベルトは激しく噎せる。涙がボロボロと零れ落ちていく。そんな様子など素知らぬ顔で、ルートヴィッヒが指を腹に滑らせた。どろりと粘液が塗り伸ばされる感覚。恐る恐る向けた視線の先で、あっけなく吐精した白濁が腹を汚していた。
 ギルベルトは視線を逸らす。何て浅ましい体。死と隣り合わせの状況下でさえ、与えられる快楽に反応するなんて。

「脚を開け……淫らに強請ってみせろ」
「ぁ、ぁ…」

 愉悦に口元を歪めたルートヴィッヒが絶対の命令を紡ぐ。嫌なのに、こんなことは望んでいないのに、ギルベルトは従わない訳にはいかない。怖々と脚を開いて、心とは裏腹に柔順に反応する部分を晒す。突き刺さるルートヴィッヒの視線が痛い。
 止めて。見ないで。触らないで。お願い、お願い。どうかこれ以上、冒さないで。
 心の中で呟き続ける願いは決して、叶わない。

「───────────…」

 紡いだ言葉にルートヴィッヒがくすりと笑った。冷たい、眼差し。そして悪夢は、確かな感触を伴って侵攻する。






繰り返される悪夢
(嗚呼、夢ならば早く覚めてくれ)