体が重い。脳の一部がずっと疼痛に苛まれている。身動きを封じられて天井から垂れる鎖に繋がれたままでは、眠りに引き摺り込まれても十分に休養することが出来ない。
あぁ、暗い。視界に入るのは闇ばかりだ。目を凝らして漸く、濃灰色の壁が見えるかどうか。この部屋に来てから一体どれだけ経っただろう。自分以外は何も存在しないから、時間を計る術はない。もう数日過ぎているのは確かなのだが。
ギ、と扉が軋みながら開く音がして、俺は俯いていた頭をのろのろと上げた。扉の隙間から差し込んだ光で入ってきた人間の顔がよく見える。
フェリシアーノ・ヴァルガス。
記憶の中でフェリシアーノはいつもヘラヘラしていた。けれど今その顔は、歪んだ笑みに彩られている。思わずゾッとする。同じ顔でこの前言われたことが頭に過ぎった。
──俺を、俺だけを見てよルート。じゃなきゃ、ルートの見てる人…
「お早う、ルート。よく眠れた?」
にこりとフェリシアーノが微笑む。けれど目が笑っていない。
俺の目はぼやけた焦点で、しかしはっきりとそれを捉えた。背筋を嫌な感覚がゆっくりと這いずっていく。フェリシアーノが俺をここに閉じ込めてから、こんな表情をしたことは一度もなかった。いつも苛立って、今にも心の均衡を崩してしまいそうな様子だった。否、もうとっくの昔に均衡など崩れ去ってしまっていたのかもしれない。でなければフェリシアーノの性格上、こんな強行手段に出はしない。付き合いが長い分、その性格はよく分かっていりつもりだ。
「今日はね、お土産があるんだよー」
日常生活を営んでいる時と変わらない言葉が紡がれる。現状とそれとの矛盾に眩暈がした。
真意を確かめようと、俺はまた床に落ちかけた視線を上方へ戻す。そこで漸く、フェリシアーノが左手を背後に回していることに気付いた。それから嫌な臭いにも。何度も何度も、嫌という程に嗅いだことがある臭いだ。
これは。これは、酸化した。
「ほら、前に言ったでしょ?」
ゴロリ。
床に無造作に投げ出されたのは、人間の頭大の何か。ドクンと心臓が不整脈を刻む。
「人間の頭大の何か」?
違う。「何か」ではない。ソレは間違なく、本物の人の頭だった。
首から下と無理矢理に別れさせられた、人間の頭部。それが持っているのは見覚えのある銀糸、見開かれた紅の瞳。酸化した血臭が鼻を突く。俺は自分が目にしているものが信じられなかった。どうしてこんな、風に。
フェリシアーノは。
、 は。
目の前が真っ白に霞んだ。ギリギリで保っていた何かが、切れる音がした。
「ぁ、ああぁあああアあぁ!!」
「そんなに喜ばないでよ、ルート」
くすくすくす。フェリシアーノが笑うのが、俺には遠い世界の出来事のように思えた。そっと頬に指を這わされて液体を辿られる。それで自分は泣いているのだと分かった。
フェリシアーノが何か言っている。けれど俺にその声は届かない。上手く働かない頭を支配するのは転がる の生首と、あの時のフェリシアーノの言葉。
──じゃなきゃ、ルートの見てる人、一人ずつ生首にして並べちゃうよ。
「憎悪?
絶望? 何でもいいけどさ…漸く俺のこと見てくれたね、ルート」
嬉しいよ。
歪んで狂いきったその言葉は、俺の耳元でそっと囁かれた。
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