例えば、資料室の奥。仮眠室。執務室。武器庫。行き止まりの廊下。地下室。化粧室。果ては──自室。
挙げていけば切りがない。だから最近は出来るだけ考えないようにしている。自分が一体どこで、犯されたかということを。でなければ狂ってしまいそうだった。愛しい弟、その身に汚れを寄せ付けるのを拒絶しながら、一番汚れているのが己である、など。
ギルベルトは部屋の扉を荒々しく閉めると、どさりと椅子に体を投げ出した。先程もあの憎らしい奴らの一人に運悪く出くわしてしまったところだった。まだべたべたと触られた感覚が肌に残っている。気持ち悪くてしょうがない。出来ることなら自宅、せめて自室に帰ってシャワーを浴びたかったが、まだやらねばならないことが山積みだ。それらを放り出して帰るのは気が引ける。ギルベルトはそれで仕方なく執務室に逃げ込んだのだった。
書類の脇に投げ出してあるボックスから煙草を抜き取り、苛立ちのままに火を点ける。紫煙を深く吸い込むと少しは気が落ち着くようだった。だが決定的な安らぎには程遠い。長い溜め息と共に煙を吐き出しながら、ギルベルトは目を伏せる。
そうすれば瞼の裏に映るのは清廉な弟の姿だ。最近少しばかり痩せた、愛しい彼の。澄んだ碧眼がこちらを心配するかのような色を見せ曇る。その表情は実に美しく、同時に悩ましいものだった。欲を刺激されるのを感じ、ギルベルトは浅ましい欲望を降り払う為に目を開けた。
瞑目していた時間は短いように思われたが、実際はそうではなかったらしい。咥えた煙草はフィルター近くまで短くなっていた。いつの間に、ギルベルトは心中で無感動に呟いて灰皿に煙草を捩じ込む。
その後でふらりと立ち上がったのは、当然と言えば当然な成り行きだった。ただ一人を措いて、沈み込んだ憂鬱な気持ちを払える者はいない。ルートヴィッヒ以外にはそんな芸当は無理だ。こんな汚らわしい身で、そう思いながらも、ギルベルトは彼の下に向かわずにはいられない。唯一神を崇拝する敬虔な信徒のような、ある種極めて危険な盲目さがギルベルトを支配していた。
今度は静かに扉を閉め、足音を潜めて地下へと向かう。ルートヴィッヒは聖堂に設えた彼専用の鳥籠の中にいる。当初は随分暴れていたが、今は落ち着いたものだ。うっすらと笑顔を見せてくれることさえある。
鍵を持っていたならば。そう思わずにはいられない。今の状態のルートヴィッヒなら、外に出したとて逃走も抵抗もしない筈だ。だというのに出してやることが出来ないのは、鍵を奪われているからだった。肌身離さず持っていたそれはあの日に奪い取られてしまった。忌まわしい日──その記憶。微かに蘇るだけでも怖気が走る。だが残念なことに、悪夢のようなその行為は未だに続けられていた。
地下階に降り立つとひやりとした空気が体を包み込んだ。その冷たさはどこか神聖さに繋がるものがある。ギルベルトは深く息を吸い込み、足早に聖堂へと向かう。
しかし聖堂に足を踏み入れることは出来なかった。その直前で伸びてきた手に、間近の部屋に引き摺り込まれてしまったからだ。力強い腕は易々とギルベルトを引き寄せ、何か柔らかな物の上に押し付けた。衝撃に軽く息を詰めると、その人間が密やかな笑いを漏らしたのが聞こえた。ギルベルトはムッとして自分を押さえ付けている者を睨み上げる。
途端、露骨にぞくりと背筋が震えるのをギルベルトは感じた。そこにいたのはあの憎らしい男たちの内の1人だったのだ。
膂力を使って何とか跳ね起きようとするが、完全に押さえられてしまっている。これでは身動きが取れない。こんな状況ではなく訓練か何かだったなら、感嘆していたところだ。だが今はそんな状況ではない。ギルベルトはギリと歯軋りした。鬱屈した気持ちを払おうとこちらに足を向けたのに、鬱屈の原因に出会ってしまうなど。
だが男にはどうしてギルベルトがここに来たのかなど知る由がないし、関係もない。手が滑らかに動き、服を剥ぎ取っていく。いつの頃からか拘束はされなくなった。一度捕まえられて事に及ばれてしまえば、ギルベルトは抵抗する術を完全に失ってしまうのだ。ただ声を殺して耐えるより他ない。
ギルベルトはいつものように、心を静めるのに徹することにした。悪い夢だと思えばいい。時間が経ったら過ぎ去って、寝苦しかった余韻しか残らないようなものだ。その程度の、こと。しかし悪夢は何日も続いて習慣化すれば、耐えがたい不眠を作り出す。じわじわと精神を侵食して、油断していたらいずれは食い潰されてしまう。そういうものでもあるのだ。
思考に没頭し落ち着こうとしている内に、ギルベルトはすっかり裸に剥かれてしまっていた。武骨な手にぞろりと肌を撫でられる。そこには先程別の男に付けられた噛み痕があった。まだ生乾きの傷に軽く爪を立てられる。ギルベルトは思わず息を飲んだ。
「誰にこんな傷付けられたんですか、上官?」
「いっ…ぁ、……っ!」
ぐりぐりと傷を抉じ開けるように爪を動かされる。悲鳴のような声を上げてしまったのは仕方のないことだったと思う。血が滲み始めて、白い肌を染めていく。遠慮のない刺激に額に脂汗が浮いた。ギルベルトを始めとした国は人間ならば瀕死の重傷という怪我を負っても死なないが、それでも痛みは人並みに感じるのだ。生傷を抉られたら当たり前に痛い。
どうにか逃れようと体を捩らせると、男は意外にも素直に指を退いた。指に付着した血を舐め取るその表情は如何にも悪鬼じみている。まるで獲物の無駄な抵抗に薄ら笑う魔怪だ。
息を荒げながら、ギルベルトは男から視線を逸した。肌に当たる布地に頬を埋めるようにして顔だけでも背ける。目に映ったのは深いプルシアンブルーだった。好きな色だ。ルートヴィッヒによく似合うと思って、用意させた寝台の敷布によく似ている。
よく似て、いる?
ギルベルトは慌てて見える範囲全てに視線を走らせた。そして自分の愚かさと迂闊さを呪った。今自分が転がされているのは、ルートヴィッヒに贈った寝台そのものではないか。
「貴様…ッ!」
激昂のままに吐き出した言葉は、半ばで中断を余儀なくされた。先の情交の余韻を残すアヌスに男の指が差し込まれたのだ。それは中を擦るでも奥に進むでもなく、何かを探るような動きをした。それからもう一本が入り込んできて、閉じようとする粘膜に強制的に口を開けさせる。
古い構造物の地下とはいえ、照明設備くらいは整っている。酷く古いランタンに火が入れられていて、部屋は仄かに明るかった。その光に照らされて、男には淫隈な光景がさぞありありと見えたことだろう。粘膜の蠕動に合わせて開かれた口からこぽりと白濁が伝い落ちる。その生温いべたついた感触が肌を滑る心地は、何とも言えず不快だった。
「いいじゃないですか、贈られた当人が使えるような状況じゃないんですから。宝の持ち腐れですよ」
「ふ、ざけるなっ…ぁ、うぁっ」
くすくす笑いながら男は指を曲げ、それを入口付近まで持っていき──先に吐き出された精液を掻き出すような動作をした。思わぬ刺激にギルベルトはきゅうと指を締め付けてしまう。そうすると入口辺りまで迫り上がってきていた白濁がまた外に漏れる。尾てい骨付近に濡れた感触を感じた時、ギルベルトは反射的に腰を浮かせていた。
行動してから少しして思ったことはといえば、自分がこの寝台を汚していい筈がないということだった。これはルートヴィッヒに贈ったものであって、本来ならば彼以外の者が上に乗ることさえもが烏滸がましい行為なのだ。だから汚らわしい体液を零す訳にはいかない。そう、思うのに。男はその思考を正確に読んでいるかのように、胎内に残された精液を外に溢れさせていくのだ。いくら口を窄めようとも無駄だった。指はその強固な拒絶を易々と破り、白濁を外へと導く。
とうとうぽたりと、敷布に液体の垂れる気配があった。ギルベルトはくしゃりと顔を歪め、憎悪の眼差しで男を睨め付ける。何の権利があって、あの清く美しい弟に捧げた寝台を汚すというのだ。下衆の、取るに足らない存在でありながら。
怒りの余り声も出せない様子のギルベルトを、男は唐突にひっくり返した。不格好な四つん這いで尻を突き出す形になり、視界一杯にプルシアンブルーが広がる。汚さざるべき物の上に自分がいる。そのことを強烈に意識に刻み込まれる。汚してしまう、否既に汚してしまっている、不可侵のそれを。
ギルベルトは首を振り髪を乱した。それは己がそんなことをするなどとは夢にも思っていなかったからであり──男の熱り立ったペニスが突き入れられたからだった。
「ひっ…あ、くぁ、っぁあ…!」
最奥まで一気に貫かれ、快楽と言うよりは苦痛が先行する。残滓の滑りで切れることはなかったものの、指とは比べ物にならない圧迫感にギルベルトは呻いた。だが苦しいのは最初だけだ。ペニスで粘膜を擦られる、ただそれだけの単純な刺激に、体は次第に快楽を見出す。歓喜の声を上げ始める。それが嫌で、堪らない。
ギルベルトは前立腺を避けようと腰を捩るが、詮ない抵抗だった。寧ろそれを狙われてより深く、あらぬ所に腰を送り込まれる。声など出すまいと噛んでいた唇はいつの間にか解け、あられもない声を零していた。女のような耳障りな声音にギルベルトは柳眉を顰める。けれど自分ではどうすることも出来なかった。この責め苦が終わるまではどうにもならない。
ぐちぐちと湿った音が鼓膜から頭を犯していく。正面な思考を保てなくなる。いつもならもう疾うに正常な意識など手放していたところだ。だが、どうしても視界に入り込んでくるプルシアンブルーがそれを許さなかった。ルートヴィッヒにこそ相応しい寝台で犯されている。そう思うと強烈な怒りが湧き上がってくる。それはともすれば快楽さえ凌駕しそうな勢いだった。
激しい抽挿に体を震わせながら、ギルベルトは嬌声の合間に声を絞り出す。
「、…ろしてやる……殺してやるっ」
こんな真似をした報いを必ずさせてやる。ただでなど済ませてやるものか。その想いは常にギルベルトの中にあった。
憎悪に満ちた声を受けても、男は薄く笑みを浮かべるだけだった。自分たちがルートヴィッヒを抑えている限りは、どう転んでもギルベルトにそんな所業は無理だと分かっているのだ。ギルベルト・バイルシュミットの唯一の弱点。それはたった一人の弟の存在だ。王と崇め奉る、溺愛の対象。
ルートヴィッヒ、とギルベルトはそう遠くない部屋にいる彼の人の名を心中で呟いた。その姿を思い浮かべるだけで少しだけ気持ちが安らぐ。だがそうすることは同時に、自分を苦しめることでもあった。澄んだ碧眼が己の行為を責めているように感じられるのだ。貴方がそんな人だとは思わなかった。そんな声が耳に届いた、気がした。
「ちが、ぁっ、ちがう、こんな…こんなのはっ…ぁああっ」
「何考えてるんですか、上官…こんなにきゅうきゅう締め付けてきて」
「あ、あっ、や、ぁ、…スト、ひ、ぁあああっ──っッ」
言い様、強くペニスを扱かれた。アヌスへの刺激も手伝って、鮮烈な快感が体を走り抜ける。ギルベルトは息を詰め、背をのけ反らせた。拒みようのない快楽に身悶えながら、吐精してしまう。飛び散った白濁はシーツを汚し、その色を更に深くした。
男が腰を押し付けてくる。射精の余韻にひくひくと痙攣する胎内、その奥深くに欲望をぶち撒けられる。ギルベルトはじわりと広がる熱に声を漏らした。掠れたそれは酷く耳障りで、自分のものとは思い難い。
駄目だと思いながらも、ギルベルトの意識は泥のような眠りに落ち込んでいった。規則的な浅い呼吸が繰り返されるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
目を覚ますと体は冷たい床に横たわっていた。どこか既視感を感じる状態だ。少しばかり考えて、事の起りとなるあの日に丁度こんな状態で目を覚ましたのだと思い至った。だがその時と相違点がある。体を拘束されていない代わりに、目隠しをされているのだ。服もお座なりに着せただけのようで、布地に包まれていない肌が床に触れて冷たかった。
床との温度差をやけに感じるのは、体が火照っているからなのだろう。ギルベルトの平熱は低い。それから比べると熱病に罹っているのではと危惧する程に体が熱かった。体の中で熱が渦巻いている。吐き出した息も体内に内包する熱を存分に孕んでいた。
こんな格好で寝かされていたとはいえ、まさか風邪を引いた訳ではないだろう。情事の熱が尾を引いているのでもない。だとすれば、何なのか。
このままあれこれ考えていても意味がない。何にせよまずは視界を確保するか。微動だにせずに状況確認するのを止めて、ギルベルトは体を起こした。しっかりと視界を覆っている目隠しに手を伸ばす。だが艶やかな布に手が掛かる直前、手は目的の行動を阻止されてしまった。
「まだ取っちゃ駄目ですよ、上官」
「っ、あ!」
「楽しんでからでないと」
双方から伸びてきた手が手を絡め取り、そのまま肌に這わされる。乳首に触れられると感電したかのような衝撃が走った。潰すようにして捏ね回されて、既に充血してツンと尖っていることを漸く自覚する。だが意識はそのことよりも快楽に囚われた。びりびりと脳を痺れさす刺激に感情の処理が追い付かない。
「あっ…ひぁあ! や、なに、やめっ…!」
「あぁ、ちゃんと回ってるみたいですね、クスリ」
クスリ──その意味を飲み込むのに大分時間が掛かる。それからすうっと血の気が引いた。世の中には人体には到底宜しくない薬が色々と出回っている。その内のいくつかを組織的に所持している身としては、肝を冷やさざるを得ない。
胸を弄り続ける手から逃れようとするギルベルトに男たちはくすくす笑い、余計に愛撫を激しくした。耐え難い快感が体をぞくぞくと駆け上がる。ペニスは既にスラックスの中でガチガチに勃ち上がっている。先走りさえ零している程だ。いつもとは違う自分の体の反応に、戸惑いと怯えを隠せない。こんな風に感じるなど今までにはなかったことだ。苦痛からじわじわと快楽を引き摺り出されるのが常だというのに、こんな。
早くも達してしまいそうな切迫感。それを否定したくて首を振る。そうすると肌に擦れる布の感触さえ、今のギルベルトには大きな刺激だった。
「流石に原液で規定量の倍はキツかったですか?」
「うぁ、あ、ぁー、ああぁっ」
「おっと、まだイくのは我慢して下さいね」
ぶるりと体を震わせると、すかさず伸びてきた手に射精を塞き止められた。その上に紐状のもので根本をキツく縛られてしまう。行き場を失った熱は体内に蟠り、出口を探してのたうつ。それは狂おしい衝動だった。
生理的な涙が目の端に浮かぶ。だが流れ落ちることはなく、じわりと布に吸収されていく。
ギルベルトは熱い息を吐いた。全身が燃えるように熱い。呼吸が苦しい。達して熱を逃がしたいのに、それは許されない。中途半端に脱げて手元に溜まったシャツを、ギルベルトはぎゅうと握り締めた。
もう止めて欲しいと思うのに、手は無遠慮に這い回り、アヌスにまで到達する。第一関節を入れられただけでぶわっと快楽が膨らむ。思わず指を強く締め付けてしまう。そうするとよりリアルに指を食んでいる感覚が脳に伝わった。焼鏝を当てられたかのように、一瞬で思考が沸騰する。
喉から漏れ出る音は最早悲鳴に近い。体を自分で支えていることが出来ず、ギルベルトは男の一人にぐったりと撓垂れ掛かっていた。だがその僅かな接触さえもが辛い快感の糸口を生む。触れる指に、唇に、吐息に、気配にさえも、狂おしい絶頂へと追い詰められる。
出し入れされる指は既に3本に増やされていた。前立腺を擦り上げられ押し潰されると、一瞬意識が白む。白濁が押し上げられて、先走りの中に僅かにその色を滲ませた。それを窘めるかのようにして、ペニスの先端に爪を立てられる。尿道口を抉じ開ける動きに跳ね上がるのは苦痛ではなく快楽だ。
「あ、あ、あっ、ひァ、あ、ぃ! いぁあああああ!」
身を捩ったのとほぼ同時、ペニスを奥深くまで突き入れられる。その時の心地をどうして表現すればいいのだろう。それは言うなればただの衝撃だった。強烈過ぎて気持ちいいとか苦しいとか、そんなことを感じている暇などなかった。バツンとブレーカーが落ちる如く意識が飛んで、慌てて入れ直した風に引き戻される。気が付いた時には律動が開始されていた。
奥を捏ねるように突き上げられ、目の奥で極彩色の火花が散る。きちんと呼吸をしているのに息は上がる一方だ。苦しくてしょうがない。呼吸も、達することを許されないペニスも。
意識が一度向いてしまうと、なかなかそこから引き離せなくなる。ギルベルトはのたりと手を動かした。差し向けるのは自らのペニス──その根本を縛る紐の結び目。固く締まったそれにかしかしと爪を立てる。だがそんな風にしたところで解ける筈がなく、その刺激は逆に自分を追い詰めるばかりだ。
もどかしさを通り越して苛立ちが湧き上がってくる。ギルベルトは思わず憤るような声を上げた。形振を気にしている余裕などない。ただ体内に押し止どめられた熱を解放したくて、欲することといえばそれだけだった。
「上官…聞きたいことがあるんですけど」
「答えてくれからイかせてあげますから、ね?」
「あ、ぁ…ふぁ…?」
動きを緩められそう言葉を掛けられて、ギルベルトは疑問の声を漏らした。自分に答えられることならば何でも答えようと思える程に、精神はぎりぎりのところまで追い詰められている。イきたいという想いだけが頭にあった。
こくこく首を振って答える意思を示すと、伏せていた体を起こされる。当然抜かれないままだった為、より深くに侵入してきたペニスにギルベルトは軽く呻いた。足を踏ん張って体を支えようとしても、上手く力が入ってくれない。また乱れてしまった息の根を何とか整えながら、ギルベルトは唾液に濡れた唇を舐めた。あからさまに男が生唾を飲み込む。
口にされた言葉は一瞬、意味を掴むことが出来なかった。
「ここに二人分咥えたことがあるって本当なんですか?」
男の指が既に一杯に開かせられた粘膜をぞろりと撫でる。ギルベルトはぞくりと体を波打たせながら、目を瞬いた。
「答えて下さいよ、ほら」
「んぁっ! ひ、いや、や、ぁああっ」
「どうなんです? 今でもギチギチですけど」
「あっ、あ、って…むりって言った、のに、あいつらぁ…!」
「無理矢理入れられちゃったんですか?」
先を問う声にギルベルトは首を縦に振るよりない。その狂気じみた行為が行われたのはどれ程前のことだったか。薄汚れた倉庫の片隅で啼かされていた時だ。たまたまなのか示し合わせたのか、もう1人がふらりと現れたのだ。その男は暫く手を出してこようとはしなかった。だがいざ出してきた時の方法は最悪極まりなかった。
その時自分がどんな声を上げてどんな反応をしたのか、ギルベルトはいまいち覚えていない。焼け付くような痛みと快楽だけがあった。確かに感覚していたのはそれくらいだ。気が付いたら火照る体を冷たい床の上に投げ出していた。
擽るようにして粘膜を撫でていた指がふと、内に入り込もうと蠢いた。ギルベルトは細く拒絶の声を上げるが、それが意に介されることはない。ゆっくりと、だが確実に指はアヌスに侵入してきた。余裕を確かめるようにぐるりと一周、内壁を辿られる。その圧迫感だけでも十分にキツい。その何倍もの質量を咥え込める筈がない。
しかしそう思ったのはどうやらギルベルトだけらしかった。指が引き抜かれ、後ろの──既に突っ込んでいる男が脚を大きく開かせてくる。晒された結合部にもう1つのペニスが寄せられるのを、ギルベルトは感じた。
「っ、や、むりッ、むり!」
「本当に無理そうだったちゃんと止めてあげますから」
くつくつ喉を鳴らし、男は先端を捩じ込んできた。ぐち、と濡れた音を上げながらじわじわと侵入してくるそれ。ギルベルトは声にならない悲鳴を上げた。手足が強張り腸壁がそれ以上の侵入を必死で拒む。だが散々弄ばれ快楽を覚え込まされた粘膜は、弱々しく剛直を締め付けることしか出来なかった。
ギルベルトがひいひい喘鳴を繰り返す中、男は半分程までを埋めてしまう。耐えようのない絶頂感が体の中を跳ね狂う。ギルベルトは駄々を捏ねる子供のように首を振った。脳に金鑢を押し当てられているような凶暴な快楽だ。ぼろりと大粒の涙が零れ、布に吸収され切れず頬に伝う。それをどちらかの男がべろりと舐め取った。ぶわ、と快感が膨らむ。だらしなく開いた口から唾液が伝い落ちていく。
声もなく打ち震えるギルベルトの腰を手が掴む。ずるりと腰を引かれる──それはつまり一瞬後に突き上げられるということだった。
「っ、ぁ、ああああっあ、あー!」
緩やかな律動が開始され、ギルベルトはびくぞく体を震わせる。粘膜をそれぞれ違う動きで刷り上げられるのは得も言われぬ感覚だった。腹の奥から迫り上がる堪らない衝動──抑え切れずに身を捩る。自分の動きで余計に苦しみが増す。分かっているのに止められない。もどかしい、詮のない抵抗。思考がうねり、意味を成さない声を零させる。
もしもおかしな薬を使われていなかったなら、こんな感覚は味わわずと済んだだろう。とっくに意識を飛ばしていた筈だ。だが確かに内在するその成分が、ギルベルトの意識を保たせた。何もかもを手放してしまうことを許さなかった。より酷い事実の認識を放棄することを、許してはくれなかった。
男の手が頬を辿り、目の上、視界を塞ぐ布に触れる。それはたっぷりと涙を吸い込んで、重く冷たくなっていた。ひやりとした布が肌に触れる感覚にぞくりとする。思った以上に冷えきっていたからではない。それもあるが、何か嫌な気配がしたのだ。悪夢の予感とでも言おうか。
しゅる、と布擦れの音を立てて目隠しが解かれる。塞がれていた視覚が戻ってくる。上手く流れなかった涙が目尻から伝い落ち、ぼやけた視界を鮮明にしていく。
ギルベルトは、己の嬌声の合間にやけに明瞭な男の声を聞き取った。
「キツいな…けどちゃんと飲み込んでますね、上官のここ。彼にも見せてあげて下さいよ、ほら」
どこか含みを持った調子で告げられる言葉。男が「誰に」かを指し示すように顎をしゃくる。ギルベルトはのたりと視線を向け、思わず息を飲んだ。喉がひっと引き攣った音を上げる。
信じられなかった。信じたくなどなかった。そこに誰がいるのかなど、知ってしまいたくはなかった。
現実を拒もうとするギルベルトの耳に、絞り出すような声が入り込んでくる。それは否応なく、そこにいるのが紛れもない彼なのだと言うことを示していた。
「兄、さん…」
「ぁ、や……るな、見るな、ヴェスト…ッ!」
ヴェスト──ルートヴィッヒ。ほんの1メールも離れていないところにいたのは、ギルベルトの溺愛する大切な弟だった。見慣れた鳥籠は自分が用意したものだ。ルートヴィッヒの為に。
ザァッと血の気が下がる。その音が実際に聞こえるようだった。ギルベルトは痴態を少しでも隠そうと身を捩るが、出来る筈もなかった。寧ろより脚を広げられ、接合部を見せつけるようにされてしまう。二人のペニスを咥えているアヌスを。
ルートヴィッヒの目は見開かれていた。目の前の光景が信じられないと言うように。その美しい碧眼に自分の姿が映っている。こんな汚らわしい行為を強いられている様子が、映っている。そう認識するだけで怒りで脳が沸騰しそうだった。憤怒は唇をわなわなと震わせ、ギルベルトは息を継ぐ。憤怒のままに怒鳴り散らしたかった。だがそれは浅ましい喘ぎに取って代わられてしまうのだろう。そんな声は、聞かれたくない。
言葉を発する代わり、ギルベルトはキツく唇を噛んだ。せめて聞き苦しい声をルートヴィッヒの耳に届けないように。もう取り繕えない程に聞かれてしまっていることを知りながらも、そうせずにはいられなかった。
「見られて感じてるんですか、こんなに締め付けて」
「苦しそうですね…イっていいですよ、上官」
「ひっ! や、やめろッ! あ、あ、────っ!」
嘲るような言葉と共に、容赦なく腰が送り込まれる。それとほぼ同時、絶頂を塞き止めていた紐がするりと解かれる。
ずっと解放を望んでいた欲望がその機会を逃す筈がない。一際大きな快楽の波がギルベルトを襲った。嫌だ、駄目だと思うのに、掠れた悲鳴を上げながら吐精してしまう。勢いよく飛び散った白濁は床を、そしてルートヴィッヒを汚す。
ギルベルトは髪を振り乱した。纏わり付いてくる快楽を振り払いたくて。悪夢を振り払ってしまいたくて。だがそれは許されず、事実は依然真実として目の前に横たわる。どうにかなってしまいそうだった。否、いっそどうにかなった方が苦しまずに済んだのかもしれない。
涙が後から後から溢れて、頬を伝い落ちていく。それを拭うことも出来ず、ギルベルトはただ目を閉じた。せめてルートヴィッヒの姿を、その瞳に映るはしたない自分の姿を、締め出してしまいたかった。
困惑と憤激が渦巻く心中のどこか冷静な部分でギルベルトが仄暗い決意を固めたのは、その時だった。