一応は独普前提/何かもう色々と要注意
会議が終わった後、イヴァンは帰っていく連中をじっと眺めていた。視線の先には菊とフェリシアーノと言葉を交わす、ルートヴィッヒ。今日もきちりとスーツを身に纏った彼は、何を言われたのか少し困り顔で笑っている。その様子は一見、敗戦の傷などもう疾うに癒えてしまったように見える。
だがイヴァンは知っていた。体の傷は治っても、治らずにじくじくと痛んでいる部分があることに。
だからルートヴィッヒが二人と別れた時に声を掛けた。
「やぁ、ルートヴィッヒ君」
イヴァンの呼び掛けに彼は如何にも不愉快そうに眉を顰めた。獣が全身の毛を逆立てて威嚇するようなそれに、イヴァンは薄く笑う。そうすればルートヴィッヒの眉間の皺はより深くなる。口から発せられるのは不快を隠そうともしない突っ慳貪な声。
「俺に何の用だ」
「酷いなぁ…折角君が彼のこと気にしてるかなと思って待っててあげたのに」
彼、そう言った途端にルートヴィッヒは目に見えて反応した。浮かぶのは心配と、懐疑。イヴァンの心理がルートヴィッヒに分かる筈もなく、結果、彼はより表情を険しくする。
何を言われるのかと身構える様は、やはり獣のようだった。但し手負いで逃げられないところまで追い詰められている、哀れな獣。
余計に気を害すだけだと知りながらイヴァンは微笑を浮かべ、懐から封筒を取り出す。何の変哲もない茶封筒だ。薄いそれに封はしていない。無言で差し出すと、ルートヴィッヒは意外にすんなりとそれを受け取った。
「…何だ、これは」
「見れば分かるよ、すぐにね」
だから開けてみてよ、イヴァンの言葉に従う形で、ルートヴィッヒは中身を取り出す。そして──パサリと、彼の手からそれは落ちた。
床を滑るそれ、粗い印刷の写真をイヴァンは視線で追う。全体的に暗い中に映っているのは、ルートヴィッヒの兄だ。ギルベルト・バイルシュミット。鎖に繋がれてその白い肌を晒している、手負いの獣の片割れ。弟とよく似た色をしていた筈の瞳は、血の色が透けるかのように紅を濃くしている。視線は空ろで何も捉えてはいない。体中に刻まれた傷と床を濡らす体液が、何があったのかを如実に物語っていた。封筒の中に入れた写真は、全て似たようなものだった。
イヴァンは視線をルートヴィッヒに戻す。彼は呆然としていた。目にしたものが信じられない、そんな様子だ。
「あんまりに抵抗するものだから躾のつもりだったんだけどね、彼ったら可愛い反応するから楽しくなっちゃって。僕としてはこのまま飼っておいても構わないんだけど」
「……っ、」
「君次第では、もっと丁寧に扱ってあげられなくもないよ。ねぇ、ルートヴィッヒ君」
何か言いかけるルートヴィッヒを遮ってイヴァンは畳み掛けた。反論や非難の余地を与えてはならない。理性的に考える隙を与えてはいけない。いるのはただ受容だけだ、それを引き出せるのならば手段は脅迫でも取り引きでも構わない。
Ja、という答えが聞ければそれでいい。それ以外にはいらない、何も、何もかも。
「彼のことが、大切?」
なら僕の言うこと、聞いて欲しいな。
肩に手を置いて耳元に囁き掛けるように、イヴァンは言葉を紡ぐ。ルートヴィッヒはすぐさま手を振り払った。
イヴァンに向けられる視線は憎悪。それは兄に対する仕打ちによってのものなのか、汚い手口によってのものなのか。どちらにしろ、イヴァンには関係がない。気持ちなどこの際どうだっていいのだ。欲しいのはただ、ただ。
「…………下衆が」
「褒め言葉だよ、それ」
くすくすくす、吐き捨てられた返答に至極楽しそうに笑って、イヴァンは手を差し出す。ルートヴィッヒが歯軋りをする音がやけに大きく、部屋に響いた。
「…く……ぅ…っ」
噛み締められた歯の隙間から苦鳴が漏らされるのを、イヴァンはうっとりと聞いていた。無遠慮に指を奥に進めると、ひ、と喉が鳴る。
ルートヴィッヒは大の男二人が乗るには些か狭いベッドに突っ伏して、腰だけを高く上げさせられている。その背後に陣取ったイヴァンはぐいぐいと指を押し進める。それは解す為でも快楽を与える為でもなく、苦痛を感じさせる為の行為だ。
イヴァンの位置からは見えないが、その意図に添ってルートヴィッヒは顔を歪めているのだろう。うっすらと脂汗を浮かせたところからもそれは推察出来る。
「ルートヴィッヒ君、」
「ぅあ、っ……ん…」
上がりかけた声を噛み殺し、ルートヴィッヒが身を捩らせた。拘束していない為、手はシーツをくしゃりと掻き掴んでいる。しかし彼が逃げ出すことはない。というよりは、そうすることなど出来ない。
ギルベルトを手中に納めたことで、イヴァンは完全に優位に立ったのだ。心ではどれだけ自分を殺してやりたいと思っているだろうと考えると、イヴァンは湧き上がる愉悦を押さえられない。好き勝手に体の中を弄りながら、鼻歌を歌いたくなってしまうくらいだ。
「歯、そんなに食い縛ると砕けちゃうよ?」
「、…は……っ…ぁ…」
「押し殺さないでよ、ねぇ、ルートヴィッヒ君」
僕は君の声が聞きたいんだけどなぁ。
言いながら指を抜き取る。ぞわりと背筋を震わせて、ルートヴィッヒは膝を崩した。崩れ落ちる体をイヴァンは抱き締めるようにして支えてやる。
間近で顔を覗き込むと、ルートヴィッヒの目はまだ死んでいなかった。射殺されそうなくらいの勢いで睨み付けられる。
怖い怖いと肩を竦めてみせて、イヴァンは指をルートヴィッヒの口に捩じ込む。舌は指を押し出そうと蠢くが、それでもやはり噛み切ろうとはしない。そのことにほくそ笑みつつ、片手で探り出したものをイヴァンは手早く嵌めてしまう。
「ふ?!
ぁ……う…」
口を塞ぐのではなく開かせる為のリングギャグには、さしものルートヴィッヒも抵抗出来ない。大きく口を開けさせられた彼は屈辱に顔を染めていた。その表情にぞくりと加虐心を煽られて、イヴァンは再び指を胎内に含ませる。
乱暴に中を擦ると閉じられないルートヴィッヒの口から意味を成さない言葉が漏れた。
「あ、ぁああっ…!」
びくんと強張る体は、しかしすぐに力が抜けて自重を支えられなくなる。
ふぅん、イヴァンは目を細め、うっそりと口元を吊り上げた。同じ場所を繰り返し刺激する指、それにルートヴィッヒは過剰な程に反応する。
その様子は僅かに戸惑いを含んでいた。ただ苦痛を絶えるのみだった碧眼が、未知に対する恐怖に揺れる。その様は実に、堪らない。
「ひっ…ぁ、あっ、あー」
「感じてるの?
イヤらしい」
「あ゛ぁっ…ひ、が…うぁ…っ、っ!」
違う、と言いたかったらしいルートヴィッヒが首を横に振る。だが指を動かしてやると彼はぞくぞくと背筋を震わせて身悶えた。つぅ、と口の端から唾液が伝い落ちていく。
「違う?
どこが違うの?
こんなにしてる癖に」
「あぁああっ…ァ、ああッ」
ぎゅう、とイヴァンが形を成している前を握り込むと、ルートヴィッヒは悲鳴を上げて背をのけ反らせる。少し扱けばとろりと透明な体液が伝い落ちてきた。ぐちゅぐちゅ、イヴァンはわざと音を立てて弄り回す。
もうほとんどベッドに倒れ込んでいるルートヴィッヒがむずがるように首を振り、髪がシーツに擦れてパサパサと鳴る。その様子に思い出すのは、彼の兄──ギルベルトのことだ。
ギルベルトも同じ様にして快楽を振り払おうとしていた。目尻に涙を浮かべて、しっかりと反応している癖に。決して屈そうとしない瞳に睨め付けられて、煽られたのは加虐欲だ。屈させたい、恭順させたいと獣じみた欲望が疼く。
「あっ…あが、ああぁあ゛あ゛あーっ」
「、…キツい、ね」
まだ綻びきらない後孔に無理矢理に自身を捩じ込むと、苦鳴が鼓膜を叩いて跳ねる。イヴァンははぁと息を吐いて、脂汗の浮く背筋をなぞり上げた。軽く肩を押すとルートヴィッヒは簡単にシーツに顔を埋める。
ひ、ひ、と痙攣するように喉を震わせて、繰り返される荒い呼吸。だがイヴァンに息を整える余裕を与える気はない。
「ほら、ちゃんと全部飲み込んでよ」
「ひぃっ…!
あ、ぁ、ぃああアぁっ」
そう言って根本まで押し込んでしまうと、ルートヴィッヒは身悶えた。こんな風にされるのは初めてだろう。そう思いはするが、優しくしてやろうという気は微塵も生じなかった。泣かせてぐちゃぐちゃにしてやりたいという思いだけが膨れ上がっていく。
イヴァンは腰を掴み、ゆっくりと抽挿を開始する。熱を孕んだ内壁は弱々しい蠕動運動を繰り返して異物を排出しようとした。だがそれもこの状況では快楽を高める刺激にしかなり得ない。
「ぁあああああ、あ、ぁ゛あーー!」
髪を振り乱し、ルートヴィッヒが嬌声とも悲鳴ともつかない声を上げる。
込み上げる愉悦にうっそりと口の端を吊り上げて、イヴァンはその項にそっと囁き掛けた。
さぁ悪魔とワルツを踊りましょう
(精々僕の手の内で足掻いてご覧よ、)
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