彼は酷く攻撃的な視線を向けてくる。憔悴の色を、明確にその顔に張り付けながら。少しずつ白くなっていく色彩、そこで存在を主張しているのは黒い跡。睡眠不足で出来る、濃い隈。日に日に色を増していくそれはもう見慣れてしまって、ない顔を思い出すのが困難なくらいだった。
 それなのにいつでも、彼が向けてくる視線というのは攻撃的で凶暴。今だってそう、ほら、手負いの獣みたいな目で僕を見てる。

「…何の用だ」
「君のとこの内政についてちょっとね」

 にっこり笑って努めて柔らかい声音で言うと、彼──ギルベルトは小さく舌打ちをした。
 逃げられない話題だから気に食わなかったのかな。私的な内容だったら、きっと席を蹴っていたんだろうね。家族ごっこなら余所でやれ、っていつもの台詞を吐いて。自分は絶対にそこに組み込まれたりしない、そんな不確かな自信を滲ませて。酷く悲しんでいるような顔で、彼は。
 ざわりと心がざわつくけれど、僕にはそれが何の感情によるものなのか判断がつかない。だから取り敢えず、捨て置く。隣に座ると如何にも嫌そうな顔をしてギルベルトは腰を上げた。途端、ぐらりと体が傾ぐ。僕は咄嗟に手を伸ばして彼の腕を掴んだ。

「そんなに嫌がらないでよ。ほら、座って?」
「誰がお前の隣なん」
「座りなよ」

 ちょっと手に力を込めて語気を強めると、彼は僅かに反応する。それは怯えではなくて、けれど反抗でもなかった。ふっと過ぎる表情が何なのか僕には分からない。分かる必要もないし分かりたくも、ない。だから特段困ったりはしない。
 苛立ちを隠そうともしないで彼はさっきと同じ椅子に腰を下ろした。でもまだ手は離してやらない。

「離せよ」
「嫌」
「座ってんだろ、ちゃんと」
「…そうだね」

 生返事に近い答えを返して、僕は彼をじっと見つめる。睨み付けるような決して屈しようとしない視線、それは明確な疲労を纏っている。目の下には色濃い、隈。
 眠そうな様子なんて全然見せないけど、どれくらい正面に眠れていないのかな。時々零す深い溜め息、あれは欠伸のカモフラージュ、なのかな。あぁギルベルト、君って本当にどうしようもないね。体調不良が容易く見て取れるくらい睡眠不足だっていうのに、自分では平気なつもりでいるんだから。それとも気付いているのに見ないふりをしているのか。
 どちらにしろどうしようもないね、全く。どうしてそこまで意固地になるのかな。トーリスもエドァルドもライヴィスも、最初こそ無愛想だったけど、今はちゃんと家族の一員になった。内心で不快に思っているとしても、家族を演じる理由が僕に対する恐怖だったとしてもね。
 僕はぐい、と彼を自分の方へ引き寄せる。少しずつ少しずつ衰えていっている彼は、意外なくらいにあっさりとすぐ側までやってきた。

「っ、おい何すん」

 漸く事態が飲み込めたのか、僕にとても近いそこで彼は声を荒げる。無防備に開かれた口に隠し持っていたものを放り込んでやる。彼は喋っていた勢いで、それをごくんと飲み込んだ。彼からすれば、飲み込んで「しまった」か。
 動揺に微かに顔を青褪めさせて、彼は声を途切れさせる。僕に向ける視線に少しだけ含有される戸惑いと疑念。それでも上辺だけはずっと屈することを知らない獣だなんて、馬鹿げてるにも程がある。

「何、飲ませやがった」
「心配しないでよ、死ぬようなのじゃないから」
「だからな、にを…」

 くらり、視線が泳ぐ。呂律も回らなくなって、彼は椅子の背に体を預ける。細く、深く、自分を落ち着かせる為みたいに繰り返される呼吸。
 無駄だよ、そんなの。死ぬようなのじゃないけど、キツい即効性なんだから。
 だからさ、大人しく。

「お休み、ギルベルト君」

 ふぅっと目を閉じる彼に、そっと囁く。
 お休み、ゆっくり。
 薬で得られる睡眠なんて根本的な解決にはなり得ないけど、応急措置としては上々だろう。少なくとも定期的に投与してあげれば、この隈を薄くさせることは出来ると思う。追々は完全に消してしまいたいけど、こんな不健康なの。でも流石にそれは無理、なんだろうな。
 早く彼がここの生活になれて、馴染んで、家族になってくれればいいんだけど。そうしたらきっと不眠症なんて解消してる筈だから。眠れない夜に一人膝を抱えて過ごすことはなくなる筈だから。






梟に安寧を
(君は僕の駒鳥であればいいんだよ)






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