「…なっ」
右を向いてもルートヴィッヒ。左を向いてもルートヴィッヒ。
「何が起こってんだ…?」
朝起きたら、ルートヴィッヒが二人になっていた。
◆ ◇ ◆
実に居心地の悪い空気が流れるリビングで、俺はちびちびとコーヒーを啜っていた。両脇にはゆさゆさ揺り起こしたルートヴィッヒが二人。寝起きに散々自分が本物だと言い張り合ったせいで、今は目も合わせようとしない。
俺の右に座ったルートヴィッヒは休みだってのにきっちりと髪を撫で付けている。服だって割とかっちりしたシャツにスラックスだ。瞳に宿るのは獲物を品定めするような光。座る格好もどことなく態度がデカい。
俺の左に座ったルートヴィッヒは寝起きの髪を軽く梳いただけだ。服はラフなTシャツと短パンの休日の家着スタイル。まだ眠いのか少しぼんやりした視線を虚空に投げている。座り方だけきっちりしてるのが少しおかしい。
何だってこんなことになってしまったのか、俺にはまるで見当がつかない。だって、有り得ないだろ普通。隣で寝てた奴が分裂だか増殖だかするなんて、何百年と生きている中で初めてだ。つか初めてじゃなきゃ困る、こんなこと。
はーっと溜め息を吐くと、余計に気分が落ち込むようだった。何だって休日の朝からこんな気分にならなきゃいけねぇんだ。俺が何をしたってんだ。何もしてねぇぞ。少なくともこんな変な事態に巻き込まれるようなことは何も。
原因を思い付かないのはルートヴィッヒも同じだろう。さっきから黙りこくって微動だにしないのは、混乱して固まっているだけなのかもしれない。原因や対策をあれこれ考えているのではなくて。
夢かもしれない説は、寝起きに自分の頬で試して違うことが判明している。目茶苦茶痛かった。
となると残るのは。
海の向こうの眉毛野郎、その不思議な力説だ。しかしながら、ここ一週間は国際的なものどころかヨーロッパ規模でさえ会議が開かれていない。つまりルートヴィッヒはアーサーと接触していない。俺となれば尚更だ。一応メールアドレスなんかは交換してるが、連絡なんてとんと取っていない。海を越えて効果が及ぶとも考え辛い。
いやでもあいつのあのモード、何やらかすか分かんねぇからなぁ。念の為に訊いておくか。
俺はローテーブルに置いていた携帯に手を伸ばす。フラップを開けて、メールに打ち込むのは簡素な文面だ。礼儀を弁えなければならないような間柄ではない。
暫く待つと、予想より早いタイミングで返信が来た。開封して表示されるのは俺が送ったのと同様に簡素な文面だ。そんなこと知ったことかと素っ気なく一言。それ以外には助言も励ましもない。あー、まぁそうだよな。使えない奴め。
画面を閉じる。失望した心持ちのままローテーブルに向かって携帯を投げる。つるーりと天板を滑った携帯は、向こう側に結構派手な音を立てて落ちた。怒られるかと思ったが、ルートヴィッヒはどちらとも無反応だ。
怒鳴られなかったのは嬉しいが、何だか妙な気分になる。外見は変わらないのに、中身はがらりと変わってしまったかのような。俺の知らないルートヴィッヒになってしまったような、そんな気がしてしまう。
ちらりと右を見る。左も見る。深く考え込んでいるせいか、視線は合わない。碧眼は俺を見ない。どこでもない場所を見据えている。
俺は叫び出したくなるのを必死で堪えた。居合わせただけの俺でさえこんなに混乱しているんだ、当事者であるルートヴィッヒの気持ちは推して知るべしだ。
取り乱したところで問題が解決する訳じゃあない。ここは一つお兄様らしいところを見せてやんねぇとな。この頃のルートヴィッヒには俺を敬う心とかが欠けてきている気がするし。
と、決意を固めたはいいものの。何から始めりゃいいんだかさっぱりだ。俺には魔術とかそういう類の才能や知識は備わっていない。ずっと剣一つで生きてきたんだ、当たり前だろう。
その辺りに精通した奴にお伺いを立てるのがベストだが、人選がなぁ。アーサーに今更返信打つ気にはならねぇし。イヴァンに訊くのは癪だし。北欧のあいつはそもそも連絡先知らねぇし。菊は寧ろ事態を悪化させそうだ。助けを求められる奴、いねぇじゃん。
どっちが好きなの?!本編冒頭より