招待状を見せ奥へと進むと、華やかなホールへと出た。
 何が華やかかと言えばまずそこに集う人々だ。貴婦人たちのカクテルドレスも中々に目を引くが、大切なのはその身分。社交も兼ねた立食パーティーの参加者は皆堂々たる肩書があった。
 有名茶器メーカーの社長に、一枚云千万の値がつくような画家、言い始めたらキリがないが、多くの参加者が一般的に大物とされる者だった。
 しかし、参加者が社長だろうが代議士だろうが何だろうが、そこに興味はない。
 今日このパーティーを訪れた理由はただひとつ。
「さあ皆さんお待たせしました!」
 野太い声がマイクを通し、会場中に響き渡る。
 それまで和やかに談笑していた出席者たちはぴたりと口を閉じて、ホールの奥に先程から置かれていた“何か”に視線を向ける。
 ベルベットの布で隠された“何か”が何なのか、ここに集まった皆がその名を既に知っていたが、そのベールが外されるまで彼等は名前しか知らないとも言えた。そこにあるのは誰も知らない、幻の絵画。この立食パーティーのメインはその御披露目にあるのだ。
 にしても、この絵画が何故描かれたのか、何故幻と呼ばれているのかなど、自分からしてみれば半分以上的外れな説明を得意気に話す男がこの館の主だとはあまり思いたくない。
 世紀の画家であるゴッホが描いた糸杉を集めに集め、その絵の中に封じ込められた風景を再現しようと庭に本物の糸杉を植え始めてから、この館は糸杉の館と呼ばれるようになった。その収集癖と絵画に注ぎ込む金の量には感心するが、金しか使えない上にこんな美しくない男になんぞ“あれ”は渡したくない。
 “何か”の両脇に立っていたSPが主人の目配せに、そっとそのベルベットへと手を伸ばした。
「とくと御覧ください。私が苦心して手に入れた“幻の糸杉”です!」
 SPの手によってベールは剥がされ、ないものとされてきた“幻の糸杉”が姿を現した。
 感嘆の声が揃う。
 これが表に出るなんて歴史的瞬間だと興奮した声が隣から聞こえた。
 そりゃそうだ、何せこれは正真正銘本物の“幻の糸杉”なのだから。
 本物でなくては困る。
 ホール付近に集まり出したSPたちを横目で確認し、フランシスはほくそ笑んだ。






ジターバグ 幻の糸杉馨部分冒頭




「あ、ごめんなさい」
 通り過ぎ様に軽く肩がぶつかり、奥から歩いてきた女が声を上げた。
 いやこっちこそ、と反射的に返事を返しながら、アルフレッドは彼女を見る。
 コバルトブルーのカクテルドレスを身に纏った姿は随分と艶やかだ。緩くウェーブした長髪はハニーブロンドで、長い睫毛に縁取られた瞳は透明感のあるアクアマリン。主張し過ぎない甘い香水の匂いが鼻先をふわりと掠めた。つけている宝飾品もそれなりの値がするものと見受けられる。
 これだけきちんと着飾ってきているのだから、パーティーの参加者なのだろう。どこぞの社長令嬢か、それとも若妻か。どちらにせよ引く手数多であろう彼女は、軽く会釈をすると会場の方へと歩いていった。
 あんな嫌味のないタイプも参加しているんだなと思いながら、アルフレッドは歩みを再開する。早く戻らなければ短気なアーサーのことだ、また説教をしてくるに違いない。
 親でもあるまいし口煩くしないで欲しいよ全く、などと考えつつ、アルフレッドは足早にトイレに向かう。その途中でふと気が付いた。この建物で出入り自由なのはパーティー会場となっているホールの周辺一部だけ。他の区域には私設SPが立って関係者以外の立ち入りを防いでいる。自分は警備関係者ということで入れたのだが、さっきの女はそんな雰囲気ではなかった。それなのに何故、こんなところを歩いていたのだろう。
 暫く思いを巡らせて浮かんだのは、主催者の身内という線だった。それならばSPにも顔が知れていてもおかしくないし、プライベートな区域に足を踏み入れる理由もないとは言えない。
 姪とかならまだしも娘とかだったらショックなんだぞ。
 主催者の容姿とのギャップに失礼なことを心中で呟いて、アルフレッドは辿り着いたトイレのドアを開けた。






ジターバグ 幻の糸杉久住部分冒頭