麗らかな日差しを窓越しに感じる晩冬の祝日、日本。久し振りの休日を、菊は家の中で待ったりと過ごしていた。
 が。

「ヴェー!」
「人様の玄関先で騒ぐな」
「ヴェっ! 痛いよルート!」

 そんな声が微かに聞こえて、読んでいた雑誌から目を上げた。パタンと表紙を閉じて本棚に突っ込む。今の声は間違なくフェリシアーノとルートヴィッヒだ。彼らが連絡もなしにやってくるなんて珍しい。今日は一体何の日だったろうか。
 そんなことを考えながら菊は立ち上がり、何か淹れる為に薬缶を火にかけておく。それからやがて鳴らされるであろうチャイムに備えて玄関に向かう。丁度靴に足を入れたところで無機質な電子音が響いた。
 菊は応答するより先に玄関を開ける。そこに立っていたのはやはりフェリシアーノとルートヴィッヒだった。

「突然済まん」
「いえいえ、構いませんよ」

 扉を開けた途端に飛び付こうとしたフェリシアーノの襟を掴んで止めつつ、ルートヴィッヒが詫びてくる。菊はにこりと微笑んで──フェリシアーノが手にしている箱に気が付いた。
 それは丁度週刊漫画くらいの大きさで、綺麗にリボンが掛けられている。まるで誰かに渡すプレゼントのようだ。
 じっとその箱を見つめていると、フェリシアーノがまたヴェーと鳴く。

「菊お誕生日おめでとうー!」

 ジタバタと手を動かすのは彼の大好きなハグをしたいからだろうか。
 、ではなくて。
 誕生日? そういえば今日は2月11日だったか。後付けされた誕生日なものだからすっかり忘れていた。
 結構な年月を生きてきた菊は自分の誕生日をよく覚えていない。便宜上2月11日、つまりは今日が誕生日ということになってはいるが。だから毎回さらりと無視してきた。
 兄のように慕ってきた耀も誕生日など祝っていなかったし、国である自分たちには余り関係ないと思っていた。しかしここから遠く離れた地の彼らは考え方が違うらしい。

「いきなり押し掛けては迷惑かと思ったんだが…」
「一緒にお祝いしたくてね、きちゃったんだー」

 そういえばフェリシアーノもルートヴィッヒも兄弟で誕生日が同じだから、兄弟水入らずで祝い合うのだと聞いた気がする。本人が完全に忘れている誕生日を祝いに来てくれるなんて。
 菊が口に出し掛けた感謝の言葉は、甲高い音に遮られた。火に掛けた薬缶の存在を失念していた。菊は慌てて火を止めに台所に走る。
 勿論遠路はるばる訪ねてきてくれた二人を家に上げてから。



 取り敢えず人数分のお茶を淹れて居間に行くと、フェリシアーノとルートヴィッヒは仲良く炬燵に足を突っ込んでいた。フェリシアーノが持っていた箱は机の上、先程まで菊が座っていた場所の辺りに置かれている。

「あの、これは…?」
「ケーキだよ!」

 お茶を出しながら菊が尋ねると、フェリシアーノが相好を崩した。彼の説明によれば、プレゼントをどうしようと悩んだ末に、食べ物なら処理にも困らないだろうということになったらしい。そんな訳でルートヴィッヒがスポンジを焼いたりクリームを作ったりし、フェリシアーノがデコレーションしたのだとか。
 自信作なんだよ、開けてみて。
 そんな言葉に促されて菊はリボンを解いて蓋を外す。現れたのは、小さいながらにどこぞの有名店のものにも劣らないような美味しそうなケーキだった。様々な果物で飾られたそれは、フェリシアーノの感性を反映してとても綺麗だ。

「これは…食べるのが勿体ないですね」

 菊は蓋を手にしたままそう漏らす。実に食欲を誘う見た目であるのだが、それよりも芸術性が勝っているようにも見える。食べてなくなってしまうのが惜しい。

「置いておくとそのうち腐るぞ」
「それはそうなんですが…」

 ルートヴィッヒの正論に菊は眉を寄せ、しかしすぐにいい案を思い付いた。折角祝ってもらうのだから、ケーキの芸術性の保存も兼ねて、久し振りに三人で写真を撮ろう。技術が進歩したといってもデジタルはまだまだ改良の余地があるから、アナログカメラで。
 カメラを取り出してきたら二人は相変わらず写真が好きだな、と笑うだろうか。それでも一向に構わない。二人が自分を祝いにきてくれた、そんな記念を残さずにはいられるものか。

「早く食べよー!」
「包丁借りるぞ?」
「待って下さい、まだ駄目ですっ」

 いそいそとケーキを切り分けようとする二人を制止し、菊は嘗てない速さでカメラを取りに走った。






三人寄れば
(後付けの誕生日もいいもの、ですね)






`09 HAPPY BIRTHDAY KIKU!