兄さんの策略の続きというか仕返しというか。
は、は、と苦しげな呼吸が繰り返される。いつもなら多少は気遣ってやるそれも、今は犬の呼吸音程度にしか聞こえない。いや、犬の方が幾分か利口か。
俺はベッドに転がしているギルベルトを無表情に見つめる。病的に白い肌にかけてやった荒い麻縄が食い込んで、体の自由を奪っている。不自然に胸を突き出すような体勢、ぜぇとギルベルトは息を吐く。わざわざ苦しいようにしてやっているのだ、存分に堪能してもらわなくては困る。ギルベルトをその格好にしてから、もうかれこれ1時間程になるだろうか。自重を支えている肩から腕は痺れて感覚が麻痺してきている頃だ。ギルベルトは一点を見つめてひたすら与えられる苦痛に耐えている。
健気なものだ、とは思わなかった。自業自得だ。俺にあんなことをしておいて、何事もないと思う方がおかしい。こつり、わざと靴音を響かせて近寄ると、ギルベルトは僅かに反応を示した。俺は髪を掴んで目線を合わせてやる。
「さて、少しは懲りたか…兄さん」
「ふ、ざけんな…解けよこれ」
唸るように言うギルベルトに、俺は小さく溜め息を零す。これだからこの人は。俺に反抗していいことが待っている筈もないのに。あぁ、それとも、酷いことをされたくて言っているのかな貴方は。だとしたら全く、どうしようもないな。実に救い難い。
睨むような視線を向けてくるギルベルトから手を放し、俺はテーブルに向かう。予め用意していたものを手に取る。エタノールと脱脂綿、それからごく細い針。照明を受けてぎらりと光るそれを俺は目の前に翳す。細い、だが鋭く硬いこの針に貫かれた時、ギルベルトはどう反応するのだろう。くすりと笑って、俺はベッドの脇まで戻る。俺の手の中にあるものを見留めたギルベルトがギクリと体を強張らせた。
「ルッ、ツ…?」
問い掛ける声は引き攣っている。
貴方がいけないんだ、兄さん。拒否権などない。
片膝をつくと、ぎしり、ベッドのスプリングが軋む。ギルベルトは身を捩って逃げようとするが、それ稼げる距離は微々たるものだ。そこらを這う芋虫の類の方が、まだ機動力を持っているだろう。くすり、また笑みを漏らして、俺はギルベルトの体をベッドに押し付ける。容赦なく体重を掛けると小さく呻き声が漏らされた。
俺を見上げる瞳には、虚勢と恐怖が半分ずつ含有されている。それを早く苦痛だけに変えてやりたくて、俺はエタノールの蓋を外す。鼻を突く独特の臭い、ギルベルトは顔を顰めて外方を向く。そんな態度でいられるのも精々今のうちだ。すぐに縋り付いて悪かった止めてくれと懇願するようにしてやるよ、兄さん。脱脂綿にエタノールを含ませて針を丁寧に拭く。それから、淡く色付いている乳首も。ひやりとした感覚にギルベルトは身を竦ませる。
「な、ルッツ…」
「貴方の言葉など聞かない」
少しだけ恐怖が勝った様子でギルベルトが声を上げる。それを一蹴して、俺は針の先端を柔肉に押し当てた。ギルベルトの体は面白い程に跳ねて強張る。じわじわと恐怖を煽るように先端でそこを弄んでやれば、紅い瞳は涙を湛えさえした。
泣くのはまだ、これからだ。
「いっ!
ひ、ぁ、あぁああああっ!」
括り出した乳首に僅かに先端をめり込ませる。それだけでギルベルトは喉をのけ反らせ、甘美な悲鳴を溢れさせた。
「やっやめ、いや、ああぁっっ!」
「暴れないでくれ、兄さん」
じたばたと藻掻く体を押さえ込み、俺は構わず針を通していく。先端が通り切ってしまえばそうキツいこともない、中程まで針を進めて手を放す。
ギルベルトは見開いた目から涙を溢れさせていた。信じられないようなものを見る視線が俺に向けられる。泣き濡れた紅い瞳。誘っているようにしか見えないんだが、ワザとだろうか。けれどついと手を伸ばせばギルベルトは恐怖に身を竦ませる。単純に次は何をされるのかと怯えているだけかな、これは。
「ひぃっ…いた、やだルッツ、ルツ…!!」
指先で乳首を潰してやると、びくびくとギルベルトは体を跳ねさせた。拒否の声など聞こえない振りでぐりぐり弄れば、俺の指は薄い皮膚の向こうに硬い感触を見付ける。ギルベルトを貫いた針の、確かな感触。体の一部を針で貫き通されるというのはどういう心地なのだろう。色々と試して後でじっくり聞き出してやろうか。この兄というのは存外、どこを刺激しても快楽に変えてしまうようだから。
ちらりと目を落とす下半身、無防備に晒されているそこは僅かに頭を擡げている。全く、どうしようもない変態だな。痛い痛いと喚く癖に、しっかり感じているじゃないか。
「もう一本、通してやろうか、ここに。なぁ、兄さん?」
「ぃあっや、無理…そんなの、ひんっ」
「気持ちいいんだろう、淫乱な上にマゾヒストだからな貴方は」
今通っている針と垂直になるように針先を宛行うと、違う嫌だとギルベルトは首を振る。本当は今すぐにでも逃げ出したいのだろう、だがそれは拘束されているが為に敵いはしない。
素直に俺が悪かったと自分の非を認めればいいだけだというのに。それを理解する様子も実行する様子もないのは全くもって可愛くない。こうして俺に折檻されている様は、ぞくぞくするくらいに可愛らしいのに。
「ゃ、あっいぁあああアあっ!」
一気に針を押し進める──のけ反らされる喉に俺はがりと歯を立てる。面白いくらいに体をびくつかせて、ギルベルトは引き攣った声を上げた。
頬を濡らす涙が目について、悪戯にそれを舐め上げてみる。辿り着いた目の際、舌先で粘膜をなぞると涙はまた溢れて頬に伝う。ぜぇ、苦しそうに息をしたギルベルトが俺を睨んだ。
「おま、え…っ…マジ、有り得ね…」
切れ切れに吐き出される言葉、それを紡ぐ声はざらりと掠れている。早くも痛めかけているのだろう。一々啼き過ぎなんだ、まぁそこが気に入っているのだが。
俺は口元に笑みを浮かべてみせて、ギルベルトに顔を近付ける。ギクリと体を固まらせたギルベルトの喉がひゅくりと鳴った。揺れる瞳、それは俺の顔を一杯に映している。凍て付いた光を爛々と目に点し、ぞっとする微笑を貼り付けた俺の顔を。怯えながらも俺から目を離せないギルベルトに、背筋を駆け上がるのは何とも言えない充足感だ。あぁ、この愉悦は何物にも代え難い。
くつりと笑えばギルベルトは目を伏せがちにして俺から視線を逸らす。それはいつもの、了承の合図だった。観念と言わないこともない。
「存分に泣き叫んでいいぞ。その方が俺も楽しいからな」
「っっ!
ま…て、まっ、っ、ァあああぁあっ!」
絹を裂くような悲鳴とはとても言えない、色気のない男声が鼓膜を叩く。だが俺にとってはそれが最高の興奮剤だった。見開かれたギルベルトの目からぼろぼろと生理的な涙が零れ落ちていく。その様を綺麗だと思う。本当に綺麗だこの人は、俺に無体を強いられている時は特別に。
無理矢理に押し入った中はキツいながら熱く潤んでいた。期待していた、のだろうか。だとしたら一体いつから。俺は小さく溜め息を吐く。ギルベルトというのは我が兄ながら、全くもってどうしようもない。実の兄をこんなはしたない反応ばかりするように仕立てたのは、紛れもなく俺のような気がするが。その辺りはまぁ、気にしないことにしておこう。この世には深く考えない方がいいことがいくつも転がっているのだ。
「さぁ兄さん、贖罪をしなければな?」
目の前で針をちらつかせるとギルベルトは大袈裟に体を跳ねさせる。だが躾けられた体は正直で、強請るように淡く締め付けてきた。これでは仕置にならないかもしれないな。危惧していたことを心中でぼやきながら、俺は針の先を閃かせた。