体格いいから似合うよな、かっちりした格好。ひょろひょろで生っ白い俺には絶対にそんなの似合わない。着てるっていうか着られてるようにしか見えないだろう、十中八九。あぁ、自分で言ってて悲しくなってきた。
 地味にヘコんでいる俺を余所に、ルートヴィッヒがカーテンを開けていく。途端に差し込んでくる眩しい朝日に俺は目を細めた。外で鳥が囀っているのが微かに聞こえてくる。こんな穏やかな朝を迎えるのは、いったいいつ振りだろうか。つくづく自分は運とかそういうものに恵まれていないと思う。

「Guten Morgen」

 まだベッドの上にいる俺に、ルートヴィッヒがそう言って身を屈めてくる。でもそれは途中で急停止した。難しい顔で固まった後、気不味さを拭うようにくしゃくしゃと頭を撫でられる。
 何、するつもりだったんだろ。

「……Morgen,Lutz」

 気恥ずかしくてぼそぼそ口の中で呟くと、ルートヴィッヒは少し驚いたような顔をして、それでも薄く微笑んだ。柔らかく髪を混ぜられて俺は微かに尻尾を振る。こいつの手ってデカくて気持ちいいから好きだ。暖かくて何か安心、する。
 ベッドに座ったまま見ていると、カーテンを全て開け終わったルートヴィッヒは徐にクローゼットを開いた。中には綺麗に整理された服が並んでいる。迸る他人の気配に、俺はどうしようもない疎外感を感じずにはいられなかった。堪らずに目を逸らす。
 一見新品ばかりのそれらは、それでも誰かの趣味で選ばれてその人物に着られていたことが明白だった。この部屋の元住人、ここにいるべき筈の人。どうしていないのか何があったのかは分からないし、尋ねることが俺に出来る訳もない。ここを宛行われたのは単なる偶然なんだろうか、それとも。

「朝食は食べられそうか?」

 言いながら差し出される服。俺はそれを受け取るより他にない。
 気分が悪いこともなく寧ろ空腹だったから、こくりと頷いておく。着替えたらダイニングに来いと言い置いてルートヴィッヒが部屋から出ていく。完全に足音が行ってしまうのを待って、俺は渡された服をベッドに投げ出した。拍子に起きた風で綺麗に畳まれた服が広がる。白いカッターシャツと、濃紺のスラックス。鼻先を寄せてみるが香るのは洗剤と太陽の匂いばかりだった。誰とも知らない奴の匂いがするよりはマシ、なんだろうか。
 でも俺の心は隠されている真実を知りたがっている。その欲求を満足させるには、きっと何かしらの手掛かりがあった方がよかった。朝から盛大に気分が落ち込むことになる気がするけど。
 って、そんなことを考えている場合じゃなかった。あんまり待たせたら悪いし怒られるかもしれないし、早く着替えていかないとな。俺は着ているパジャマをもそもそ脱いで、手早く服を身に着ける。そんな筈はないのに、それはまるで俺の為に作られたかのように着心地がよかった。少しだけ気分が持ち直す。自分に合うちゃんとした服を着るのは、何だか凄く久し振りだった。色々ある中から合いそうなのをルートヴィッヒが選んでくれたのかと思うと、ちょっとこそばゆいような温かい気持ちになる。
 あいつならもしかして、心の声が呟くのを俺はふるふると振り払う。それはまだ早いし、怖い。だって──。
 また考え込んでしまいそうな自分に気付いて、俺は漸く部屋を出た。
 昨日通った道順は何となく頭に入っていたから、それを逆に辿っていく。長い廊下を歩いて、階段を下りて、右に曲がって。人の気配がする辺りの様子には、確かに見覚えがあった。ここだと確信を持って扉を開く。
 小規模なパーティーを開けそうなダイニングにはルートヴィッヒしかいなかった。運ばれてきてから余り時間が経っていないだろう朝食がテーブルの上に乗っている。難しい顔をして何か──書類らしきものを読んでいたルートヴィッヒは、俺を見ると少し表情を緩める。視線で促されるままに席について、俺は食事に手を伸ばす。前に、自然に十字を切った。無意識に出るから多分癖みたいなものなんだと思う。
 それをルートヴィッヒが食い入るように見ていた気がするけど、思考はパンを口に入れた瞬間にそっちに持っていかれてしまった。何だこれ、美味しい。このふかふか具合が俺好み。サラダもヴルストも自分でも驚くくらいにぺろりと平らげて、最後に牛乳で喉を潤す。夕食も美味しくてヤバかったし、腕のいいシェフ雇ってるのかも。
 カップを置いてほっこり和んでいると、ちらりと腕時計に視線を落としたルートヴィッヒが隣の椅子にかけてあった上着を手にした。さういえばいつの間にかネクタイ、してる。

「俺は仕事にいくが、好きに過ごしていてくれ。この屋敷の敷地内ならどこに行っても構わない」
「、ぇ」

 俺ってもしかして一人にされるのかと思ったら、勝手に非難めいた声が口から飛び出していた。
 慌てて口を閉じるけど、絶対聞かれた、よな。でもでも、一人で放っとかれてもどうしていいか分かんないし。執事とかメイドとかと一緒に留守番とか、何してればいいんだろ。それに俺のことよく思ってないだろうし。じっとしてるより他、ないよなぁ。
 考えれば考える程テンションが落ち込んで、ぺたんと耳が伏せるのが分かる。何やってんだ俺、下手にどうこうされるより放っておかれる方が余程いいのに。

「……一緒に来るか」

 やおら投げられた言葉に俺は過剰なくらいに反応してしまった。

「え、ぁ、でも邪魔に、」
「そうそう邪魔にはならん。来るか?」

 別に怒った風も呆れた風もなく、立ち上がったルートヴィッヒが手を差し出してくる。ここで尻込みしたら置いていかれそうで、俺は怖々とその手を取った。途端にそう強引にでもなく引き寄せられてぽすりとルートヴィッヒの腕の中に収まる。わ、わ、何されんの俺。心の準備が出来ないまま、抱き締め、られた。
 あれ?痛いことされるかと思った、のに。ちょっと遠慮がちに回される腕が何か新鮮だ。表情が見たくて首を動かすけどルートヴィッヒの顔は視界に入らなかった。身長、そんなに変わんないんだな。体格差で俺の方が小さく見えるけど。

「お前はもっと甘えることを覚えるべきだ」

 独り言みたいに耳元で囁かれた言葉に、俺はぞくりと体を震わせる。こんな近くでそんな声、出すなよ。耳弱いんだからな。
 赤面してるのが恥ずかしくて離れようとしたけど、ルートヴィッヒは暫く腕を解いてくれなかった。俺からルートヴィッヒの顔が見えないんだから、俺の顔もルートヴィッヒに見えてないかな。でも妙に早鐘を打ってる心音には、きっと気付かれたんだろう。
 碌に目を合わせられない状態のまま、ルートヴィッヒに連れられて屋敷を出る。玄関の前には、昨日と同じかは分からないけれど、一目で高級と知れる車が待機していた。側に控えていた黒スーツの男が車のドアを開けて、ちらりと俺を見る。ぞくりと嫌な感覚が走って唸り声を上げそうになる。それを必死で耐えた。
 あぁでもアレ、いつもの目だ。人間が俺を見る時の目。気持ち悪いって、禁忌の子だって言って、俺のことを嬲りものにする奴らの目。見るな見るな見るな俺をそんな目で、見るな。息が上手く出来なくて浅い呼吸を繰り返す。
 足を止めてしまった俺の肩にルートヴィッヒがそっと手を置いてくる。服越しに伝わる体温に少しだけ安心した。努めてゆっくり深呼吸をして嫌な感覚を追い出し、優しく誘われて車に乗り込んだ。



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